テトラポット

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友達が死んだ。海の底に沈んでいたのが見つかった。事故だったらしい。 クラゲも減ってきた、秋の夕暮れに照らされた海。 あいつが好きだった桔梗の花を砂浜に横たえる。波に浮かび、けれどさらわれることなく戻ってくる。 波に洗われる桔梗を見ながら思い出す。 無茶を好むやつだった。 高い丘からブレーキを使わずに自転車でくだって藪に突っ込んだり、ムササビに憧れ両手足にテーブルクロスを結びつけて木から飛び降りたり。 小学生のときに、テトラポットに秘密基地を作ったからと、招待されたことがあった。 当然テトラポットがあるような場所は立入禁止だったが、あいつはそれを気にしないような馬鹿でもあった。 当時からわたしは酷く真面目な人間で、立入禁止の看板を見つけて尻込みした。 立ち止まった私の腕を掴み、テトラポットの上を跳ねるように進んでいくあいつに、よたよたとついて行くのに必死になるうち、看板のことが頭から抜けていった。 あいつはするりとテトラポットの隙間に潜り、手だけを出して手招きをされた。 恐る恐るわたしも体を滑り込ませると、そこには簡素ながら流木を組み合わせ、テトラポットの脚に引っ掛けたイスがあった。 流木イスに座ったあいつは、誇らしげな顔で隣のスペースを叩いて座るように促してきた。 素直に従ったわたしを見て満足そうに頷くと、顔を上に向ける。 同じように見上げると、歪な形に切り取られた空があった。 「死ぬときは海がいいんだわ」 独特な話し方をするやつだった。 「怖いこと言うなよ」 そう言ったわたしに、あいつはなんと返したんだったか。 喉に引っかかった小骨のように、妙に気になった。 波に弄ばれ、桔梗の花弁が萎れ、(がく)から離れていく。 砂浜に座ったままふと顔を上げると、浜から離れた海に人がいた。 遠浅でもない海で、夕陽を背負ってこちらに向いている。逆光で暗くなり見えないはずの顔には見覚えがあった。 「お前が死ぬのも海だよ」 耳元で、あいつの声が聴こえた。
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