千夏

3/3
前へ
/63ページ
次へ
『両親の寝室』と言えばどんなものを想像するだろうか。 俺は洋室に大きなダブルベッドが置かれていて、必要最低限の家具が揃った部屋を想像する。 しかしながら、長谷川家の両親の寝室は和室、なんでも「畳の匂いを嗅いでスーハーするのが好き」とのことだ。 (ふすま)を開けると、奥の方には人が体を突っ込むと、途中で抜けられなくなるくらいの小さな窓があり、左手側には庭に出るための人と同じくらいの高さの窓がある。 庭に出るほうの窓は障子で閉められていて、日光を吸い白く光ってるようだ。 右の奥には小さな床の間があり、そこには銀色でいかにも右肩と左肩のついたベルから大きな音が出るんだろうなと分かる、よく見る目覚まし時計が置かれている。 俺は襖を入ってすぐ右下にあるコンセントに掃除機のプラグをつけて電源を入れる。 「あっ」 縁のない畳の汚れをゆっくりと掃除機の先で押し付け、そしてしばらくして事件は起こった。 恐らく経験不足から来たのだろう、掃除機のコードに足が絡まってしまい掃除機で1枚の障子に大きな穴を空けてしまったのだ。 この家に赤ちゃんがいれば、転んで障子に頭をぶつけたくらいの穴からは、日の光が漏れており、円形の光を囲うように四角い影法師が畳にできている。 両親は去年から海外に出張しており、しばらくは帰ってこないと言っていた。 つまりこの寝室が使われることはほぼほぼない。 ただ、〈あの千夏〉が見たら絶対怒られる。 それと掃除機も使いこなせないというのを妹に知られるのは兄としてのプライドがちょっと傷つく。 なので、このミスを逆にプラスに転換する画期的なアイディアを思いついた。 「じゃあな、ラビットジュニア」 A4の白い画用紙には、小さな子供が黒いクレヨンを使って殴り書きしたような粗末な兎のイラストが真ん中に書かれていた。 これは俺が幼稚園の時にお絵描きの時間に書いた、飼育小屋の兎の絵である。 あまりの粗末さに「上手だね」と幼稚園の先生が褒めてくれたが、その目は笑っておらず口角を無理矢理釣り上げており、その時から社交辞令という存在を知ってしまった。 このラビットジュニアの絵を障子の穴の部分を埋めるように張り付ければ、なんということでしょう! 殺風景な和室に、子供の作品を寝ながら眺めれる夢のようなお部屋に変わりました。 さらに丸い大きな穴から覗かせるうさぎの絵は、どこか月の中にいるうさぎを表現している。 「何をしているんですか?」 襖の方から声がしたので振り返ってみると、そこには満面な笑顔で俺のDIYを眺める千夏がいた。 顔が整っているからだろう、その笑顔は愛らしいの言葉に尽きる、けれども髪で隠れた額の影は濃く見え、その笑顔は喜びのものからではなく怒っているものからだと本能的に察する。 「いやその、お兄ちゃんちょっとDIYに挑戦してたの、障子から兎が見えるってなんか風流じゃない?」 「何をやってるんですか! このバカ兄さん!」 ミスをしたときは、バレる前に自分から報告する事は大切だと思いました。
/63ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加