千秋

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コンコン、とドアから鳴り響く。 俺は自室のベッドから起き上がり、頭のてっぺんを柔らかく撫でて寝癖がない事を確認する。 はい、とベッドに座ったまま返事をする。 「亮兄」と聞こえるか聞こえないかのギリギリのラインを攻めた小さな声がした。 これは毎週土曜日に起きる俺と千秋(ちあき)の儀式的な物で、必ず朝9時に俺の部屋に遊びに来るのだ。 ゲームを誘いにきたり、話に来たり、勉強を教わりにきたりとにかく俺の部屋に入る。 「入っていいぞ」 そう言うと兄妹にも拘らず、ドアを開ける音を殺しながら恐る恐る入り、俺の目の前でちょこんと正座をした。 千秋と千夏は一卵性双生児で、顔の見た目は余り変わらないが黒い髪を背中の方まで伸ばしている、そして夜更かしでよくゲームをしてるからかリスのような丸い千夏の目から、少し眠そうな目をしている。 そんな千秋は太ももまで伸びた灰色のパーカーに黒のズボンをはき、黒い画面を赤と青のコントローラーで挟まれたゲーム機を両手で持っていた。 栄養が足りてるか心配になるくらい細い脚は、ピタッと吸い付いた黒のズボンと組み合わせることで扇情的である。 「今日はそれで遊ぶのか?」 「ん。テトリスで」 これは千秋の口癖で、「うん」を「ん」だけでよく済ます。 そして千秋は俺の座るベッドから、反対側のテレビに視線を向けると突如、「あ」と呟き慌てて自分の部屋から黒い台のようなものを持ってきた。 どうやらそれをゲーム機に乗せて、コードをつなげてテレビにゲーム画面を映すらしい。 彼女はコードを色々つなぎ終えゲーム機のスイッチを入れると、「ん」と言って赤のコントローラーを渡して、俺の隣に座りこんだ。 同じ洗剤で洗濯してもらってるはずなのに、無機質な芳香とは違い、花のような甘い香りが漂う。 『ゲームスタート!』という上から下への、オレンジから黄色のグラデーションの文字が大きくなり、やがて消えるとゲームがスタートする。 するとブロックが降ってくるのだが、聴きなれない音が隣からしていた。 カチャカチャという、コントローラーのボタンを押す音が超高速なのだ。 そのあまりの速さは、まるでコントローラーを乱暴に扱ってるかのような心配を駆り立たせ、コントローラーの悲鳴のように感じる。 そしていつの間にか積み上げた段に差が出来ていた。 俺はやっと、縦四列の棒を入れたら4列消せるところまで積み上げたのに対して、千秋の方を見ると、倍以上の高さで積み上げられかつ、縦2列分の穴が開いた段や、鍵型のような形のした穴で積み上げらていた。 城で例えるならば、俺がやっとの思いで石垣が完成して「ここからどんな城にしようか」と大工の者たちと会話してる時に、ふと横を見てみるといつの間にか城が立ててあり、「もう城は完成したしいつ取り壊そうか」と向こうで話している状態だ。 いつ取り壊すかのような話は城を立てる上で恐らくしないだろうが、テトリスのルール上、ブロックを積み上げてその後沢山消す作業が残っている。 そして千秋は、あっという間にそのブロックを全部消し尽くし、俺の立てた石垣は下からブロックがどんどんと溢れでてきて、天井を貫通した。 そう言った一方的な試合は長く続き、あっという間に10連敗。 「どうして、そんなに早く積み上げれるの」 「開幕テンプレを覚えてるから」 ……出た、千秋語。 千秋は対人ゲームを幅広く網羅しながらも、触ったゲームはランキング上位に食い込むまでやりこんでいる。 そしてその広く深くゲームの海に潜った彼女は謎の言語を拾ってくる、『空爆グレ』や『クラカン』だの『ガンク』などなど、普段見慣れない言葉を千秋は知っていた。
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