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雨の降る朝は、どうしてこんなにも静かなのだろう。
僕は耳をすます。
トタンの屋根に当たる音や、ベランダに溜まった水溜りに跳ねる音。すべては規則正しく織り重なり、几帳面に空気を震わせている。
この時期の雨は嫌われている。ただでさえ気温が高く、湿気も多いのに、追い討ちをかけるように水分をもたらす雨はみんなから避けられていた。
雨の日になると、身体の芯の熱が冷めていくような感覚になる。落ち込んだり、気分が沈んだりとかそういうものではなく心の摩擦がなくなるのだ。僕はその感覚を心地良く思っていた。
雨の音を聞いているうちに目がだんだんと冴えてくる。時計を見るとまだ朝の六時を少しすぎたところだった。起きるにはまだ早いけれど、二度寝するには眠気が足りない。
僕はこの音の邪魔をしないようにゆっくりと身体を起こした。ひとつ伸びをしてから立ち上がる。洗面所に行き、歯を磨き、寝癖を手で雑に直す。大した直らなかったけど、まあそれは別に構わない。喉が乾いていたので棚からコップを取り、冷蔵庫を開ける。中にはペットボトルに入った水が何本かあり、その中の一本を取り出す。なかなかに冷えていて、気持ちがいい。コップに半分くらいの水を注ぎ、それを持って窓際に向かう。窓際は僕のお気に入りの場所だ。ちょうど一人分のバーカウンターのようになっていて、そこで外を眺めながら飲み物を飲んだり、陽光の下で読書をしたりするのが僕の日課だった。
テーブルにコップを置いて窓に向き合うかたちで座る。テーブルの上にはデュマ・フィスの「椿姫」が置いてある。
雨はさっきよりも強まっていて、窓の外は透明な絵の具で塗りたくられたようにぼやけていた。
ひとくち、水を飲む。
雨の音がさらに激しくなった気がした。
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