夕立

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   四方の窓のすぐ外に大量の雨が降っているのが見える。ただそれだけなのにその外は危険で、この中は安全かのようだ。  僕が、明日観覧車に乗らないか?と言うと彼女は、しょうがないな。大事な用事があったけれどキャンセルするよ、と言ったのだ。  雨の遊園地は晴れの日とは全然違う。一つ一つのアトラクションにまとまりがなく、それらは傲慢に自分の事しか考えない。いつもはお客さんを楽しませようとするが、今日みたいな日もありなのかもしれない。 「私たち、雨になったような気分だね」向かいに座る彼女が言う。 「雨になんてなりたくないさ」  キツイ言い方になってしまったので話題を変える。 「僕昨日、身だしなみを整えるために散髪をしようとしたんだけれど、いつも行っている店が休みだったから自分でカットすることにしたんだ。でも思い通りにはいかず、何度もやり直しているうちに、どんどん短くなっていき、最終的にはバリカンで全てを剃ることになってしまったよ」 「たしかに短いね。今度私が切ってあげるよ」 「ありがとう」  フラッシュライトのように光が明滅する。その数秒後に腸が蠕動するような音が聞こえた。ここに当たれば落ちてしまうだろうか。 「雷に当たる確率と宝くじに当たる確率が同じなんて話を聞くけれど、どちらが良い?」 「それは宝くじだね」 「どうして?」 「お金がもらえるからさ」 「けれどどちらも特別な存在だとも言えるよね?」 「特別だから良いと言うわけでもないよ」 「お金だけに目を向けるのは良くないよ」 「でも雷に当たってもなにも貰えないじゃないか」 「何が貰えるかどうかではないの。何かに選ばれし者ということよ」 「選ばれたくもないね」 「たしかにそうかもしれない。でもそこにある価値を見つめてほしいの。良いとか悪いとかではなくて」  よくわからないので僕はカッコつけるために覚えたての煙草をポケットから取り出しマッチで火をつけ目を細めて煙を吸いこむ。何度か吸って吐き出しているとだんだんと小さな部屋にもやがかかる。 「私ね、いつか死ぬのよ」 「そうだろうね。僕もそうだと思う」 「死因もわかっている。いつか、雨で死ぬのよ」 「土砂災害とか?」 「いいえ」 「雨で死ぬなんて聞いたことないね」 「でも雨で死ぬわ」 「傘で防げば良い」 「傘でも防げないわ。それほどの雨よ」 「だったら僕も死ぬんじゃないかな」 「いいえ、私の上にだけ降るの。それが雨女の宿命よ」 「僕だって雨男だ」 「そうね。でも私とあなたでは降水量が全然違う。あなたの場合はそれ程ひどくない」  煙草は短くなり、小部屋の中は真っ白で彼女の姿も見えなくなっていた。煙が晴れたときに乗車が終わったと理解した。
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