午後四時丁度の夕立

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午後四時丁度の夕立

 夕立は夏の風物であるけれど午後四時丁度に降ったのは記憶に一回限りである。その日は遠くに雷鳴の聞こえ空を見上げると西の方から黒い雲の見る見る広がっている。腕時計は午後三時五十分を差している。買ったばかりの電波ソーラーのGショックの嬉しくてつい何度も目を落としてまう。五分もすると雷神はもう間近に迫り鳴りどよもし空は雲に覆われて太陽はお隠れになり世間の俄かに暗くなった。三時五十八分四十六秒には顔面に最初の雨粒を感じ五十九分を過ぎると半袖のTシャツから露出した腕に数粒降りかかり突然に篠突く雨の降り始めた。Gショックは午後四時丁度を表示していた。歩いていた道のアスファルトに雨の跳ね返り視界の霞み足元を流れる水は瀬を速み横手に広がる公園の土の上には水溜まりの浮き出して来る。烈しい雨の底から交響曲のシンバルとバスドラさながら雷鳴の轟き渡り嵐のような楽章のヴィヴァーチェに進んで行く。  午後四時丁度の夕立は案外早くコーダを迎え雨の上がり早くも晴れ間の広がった空の下をゆくりなく郵便配達人のどこからともなくやって来てずぶ濡れで家に辿りついたばかりのわたしに一通の葉書を手渡すと事も無げに去って行った。あまりも雨脚の強かったのでさすがにどこかで雨宿りでもしていたのだろう。しかしその手にした葉書は見覚えのない住所と名前に宛てたものだった。配達人はもうすでにバイクで遠ざかり見えなくなっていた。郵便局に持って行くか電話でもするべきなんだろうと思いながら裏返すと遥かに遠い県の行ったこともない町にあるスバル自動車の販売店からであった。その町に住むそのお店でレガシーアウトバックを購入した人へ六か月点検の時期の近付いて来たことをお知らせしていた。どうしてこの葉書の遠く離れたわたしの家に届いたのだろう。消印は昨日の日付けだし郵便番号も正しいかどうかは分からないけれどこの地域とは全く違う数字の記入されている。どう考えてもおかしな話だ。雷神を伴った烈しい夕立の所為なのだろうか。しかしこの葉書をどうたものだろう。わざわざ誤配だと郵便局に連絡しなくても差出人も本来の宛先人も特別に困ることはないだろう。それにあの夕立に巻き込まれた郵便配達人も気の毒である。申し訳ないけれど勝手に廃棄させてもらうことにした。  それから三か月後のわたしの家の車一台分のガレージにレガシアウトバックの納まっていた。ちょうどあの時は十三年目を迎え走行も二十万キロ目前であった愛車の車検の近づきさてどうしたものかと思案していた。まずは車検を通すつもりではあったもののあの迷い込んだ葉書の車を一度見てみたくなり車屋の軒を並べる通りに足を運んだ。そしてそこで展示されていた中古車の金色のレガシーアウトバックに出会ったのだ。いかにも頑丈でタフな道具といった感じ。車高も普通の車よりもすこしだけ高く荷物は二三倍は載せられそうだ。走行は四輪駆動で悪路にも強く高速道路や雨の日の安定性も優れているらしい。普段の生活では実は全く必要ではない要素ではあったけれど出会いはそれまでの日常の常識を簡単に覆すものである。自分からは決して探すことはなかったであろうこの車にすっかり魅せられてすぐに契約交渉を始めて即納車となった。  今でも家のガレージには金色のレガシーアウトバックの納まってる。その車の優越性を享受する使い方は相変わらずしてはいないけれど普通に使いながら乗って眺めて愛着を深めて来た。しかし家に来てからそろそろ十年経とうとしている。新車からなら十三年だ。そしてまた車検の近づいいて来ている。さてどうしたものか。また午後四時丁度に夕立の降らないものだろうか。
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