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 感撃丸の鍔裏には以下のように綴られていた。 【(ひろし)誕生の感動と衝撃をここに記す。                   松野 正】 『知らぬぞ、こんな文章は!』 裕とは正の息子である。感撃丸は名前だけを耳にしており、 身体の見えにくい部位に掘られた主人の想いは確と伝わっていなかったらしい。 「傍目からは掠れていたけど、雨で濡れた際に浮かび上がってきたんだ。  まさに灯台下暗し。鍔裏に答えがあるとは思いもよらなかった」 『嘘だ。これが真実であるわけが……』 消えていく語尾に、感撃丸の動揺が垣間見えた。 「感動と衝撃で”感撃丸”。素敵な名前じゃないか」  忠誠心が単なる決めつけに過ぎなかったと知り、打ちひしがれた感撃丸は、 腫れ物に触るような訊き方をする。 『では、主人が深夜に行っていた特訓は……?』 「ただの剣術の稽古だろう。俺はそう聞いている」 これで感撃丸の耐え忍んだ何百年がふいになった。 奴の無力感は同情に値するものの、手段を完全に誤っていた。 「思い込みがどれほど危険か分かったろ?  お前が付けられた名前から早とちりしただけなんだよ。  いい加減、主人の呪縛から解き放たれな。自分を持て」 俺の全力は後悔なくぶつけた。 「さぁ、世直しはお終いだ」 長い沈黙を経て、感撃丸がぼそっと口籠る。 『よもや主人の子孫に諭されるとはな……。好きにしろ』 足元の水たまりには、次第に青の広がってゆく様が鮮やかに映る。 しばらくして雨は止んだ。
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