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「あら、松野さんのところの旦那さん!」
階段を駆け下りているところを、隣に住む田代さんに呼び止められた。
天然パーマの彼女は金色の霞む圧力鍋を重たそうに抱える。
「カレー作り過ぎちゃって……ちょっと貰ってくれないかしら?」
以前なら快く受け取っていただろうが、俺の心身は今、感撃丸の支配下にある。
全ての行動における事情背景を嫌でも勘ぐってしまうのだ。
既に妻は夕飯作りに取り掛かっていた。
ここでカレーを貰ったとして、今晩口にすることはないだろう。
となると、保管用の容器を新たに使わなければならず、必然的に洗い物が増える。
また、田代さんにとって、お裾分けの成功は残飯量の減少であり、
食後の後片付けが格段に楽になる。
これは立派な有難迷惑だ……!
『斬れ』
感撃丸の指令に従い、田代さんを斬り捨てた。
仰け反る彼女の手を離れた鍋が、鈍い音を立ててひっくり返り、
中のカレーは一面に零れ散る。
俺はそれを物ともせず靴底で踏み躙り、自宅を後にした。
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