2.最悪の思い出

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 その後こっそり抜け出して別の店に行こうという彼についていき、私は正体を無くすまで酒を飲んだ。いや、何か薬を入れられたのかもしれない。彼は私をアパートに送り届けた後当然のように体を求めた。朦朧とする意識の中で必死に抵抗したが顔を平手打ちされ怖くなった私にもう抵抗する気力は残されていなかった。  後日聞いた話では彼は女癖が悪いことで有名だったらしい。いろんなサークルに顔を出しては女を漁っていたという。私に目を付けたのは可愛かったからでも気に入ったからでも何でもなく、ただ一人暮らしで簡単に襲えそうだったから、それだけだろう。あの後どうしたのかとしつこく真理に尋ねられた私は誰かに聞いてほしかったのもあり事の顛末を彼女に話した。真理は「まぁ犬に嚙まれたようなものだと思って忘れな」と私を慰めてくれたが不幸はそれだけでは終わらない。 (生理……こない)  気付けば生理がずいぶん遅れていた。私はあんな男の子を身籠ってしまったのかと愕然とする。こればっかりは真理にも相談できない。誰にも言えないまま悶々とする日々。私は思い切って妊娠検査薬を買った。誰かに見られてはいけないとわざわざ電車に乗り遠くのドラッグストアで。結果は……陽性だった。もうこのまま死んでしまおうかとすら思ったが結局は両親を頼った。無論相手について聞かれたがもうこれ以上あの男と関わるのが嫌だった私は頑として答えない。そんな私の様子から何か悟ったのかそれ以上追及されることはなかった。子供好きの私にとって堕胎するのは身を切るようなつらさだったが産むこともできない。病院に行った日は一晩中泣いた。  実家に戻された私は片道二時間かけて大学に通い何とか卒業はできたがもちろん大学生活を楽しむどころではなかったし、すっかり男性不信に陥った。それでも三十代になって今の夫と出逢いようやく男性不信を克服した私は結婚し娘を得た。そしてあんな忌まわしい過去はもう思い出さないようにしようと心に決めたのだ。
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