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プロローグ
泣き出しそうな空、なんて言い回しがある。今にも雨が降りそうな、そんな空のことだろう。今私が見上げている空がまさにそんな感じだ。どんより曇った空。湿った臭い。
「結衣ちゃん、洗濯物取り入れるの手伝ってくれる? また降ってきそう。昨日も雨だったし嫌になっちゃうわね」
はぁい、と返事をし母の植えた色とりどりの花が咲き誇る庭に出る。
「ねぇ母さん、あの赤い花って何ていうの?」
私はひときわ見事に咲く深紅の花を指差した。ずいぶん昔から庭に植えられているがそういえば名前を聞いたことがない。細長い苺のような、膨らんだ猫の尻尾のような変わった花だ。
「あれ? あれはクリムゾンクローバーよ。ストロベリーキャンドルなんて言い方もあるの。可愛いでしょ」
「ああ、キャンドル。確かに蝋燭の炎みたいにも見えるね」
ふと、ある少年の姿が脳裡に浮かんだ。あの子、よくあんな色のTシャツ着てたっけ。
「やっぱり梅雨は嫌ねぇ。なかなか洗濯ものが干せなくって」
母がそう言って空を見上げるとついにはぽつぽつと雨が降り出した。
「きゃあ、降ってきたよ! 母さん、急ごう」
私と母は大急ぎで洗濯物を取り込み室内へと避難する。と、同時に凄まじい勢いで雨が降り出した。
「間一髪ね。あとは母さんやっておくから。それにしても大学生ってのは授業も少なくて呑気なものね。ちゃんとお勉強するのよ」
取り込んだ洗濯物を畳みながら母が言う。私は今年大学生になったばかりだ。
「わかってるよ。今日はたまたま休講が重なっただけ。それにしてもホントすごい雨だね」
再び赤いTシャツを着たあの子の顔が蘇る。
(あの日もこんな土砂降りだったっけ。そっか、あれからもう十年経つんだ)
激しく窓に打ち付ける雨音が私を追憶の旅へと誘った。
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