9 懐柔せよ

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9 懐柔せよ

「ん……」  うっすらと覚醒したとき、白い天井が見えた。  そして全身を覆う、柔らかなベッドの感触。 「うぅ……」  起きたくない。  目覚めはいいほうなのに、なぜかそんな事を思っ── 「!!」  飛び起きたわよ。  だからまあ、頭が痛い。   「……」  大急ぎで記憶を辿る。  ざっくりまとめると、射撃大会で出会ったホレスが実は王子で私に求婚してきた。 「やだ……」  信じられない。  いくらびっくりしたからって、まさか、倒れるなんて。 「あー……!」  なんという失態。  そして、たぶんもう絶望的。  あんな醜態を晒した女を、一国の王子が娶るわけがない。  その上で、王子が目をつけた女に求婚するなんてまともな貴族がやるわけない。 「起きたぁ?」 「!?」  ふいにかけられた声に体を捻ると、戸口にひょっこり、顔を出した婦人が。 「……はい」  誰。   「!」 「!?」  婦人がなぜか驚愕し、両手を前に突き出した。  そして、ゆっくり、ゆっくりと、部屋に入ってくる。 「大丈夫よ……失神しないで……」  野生の獣じゃないっつの。 「……」 「恐くないから……シィーーーー……」  しかし、どこかで見た顔だ。  絶対に知っている顔。    それが誰であるかを思い出した時、私は額を押さえた。 「あ! 大丈夫? 痛いの!?」  王妃だ。  王妃ソニアが、私を手負いの獣のように気遣っている。 「……嘘でしょ」  つい、本音が洩れた。  王妃ソニア。  その美貌と人間離れした若々しさは、全国民に知れ渡っている。各地で売られているミニチュアの肖像画や絵葉書は、安価な複製なら平民だって手が届くらしい。そして大人気との事。  宗教画のモデルとしても多く描かれている。   「……」  そうか。  さっきのは現実で、王妃までいるわけか。   「……」  大丈夫よ、イーディス。  ふかふかのベッドに寝かされていたという事は、抓み出されていないという事。 「あ。お紅茶、忘れちゃった」 「……」  呑気な人だ。 「ごめんなさいねぇ~。あの子ったら、本当にまったくもう、口説き方ってものを知らないんだから」 「……」  王妃自らがトレイを持って歩いてくる光景に、自我を保つので精一杯。 「さ、イーディス。どうぞ」  紅茶をすすめてくるし。  指が震えるのだけど、これ、シーツに零したらどうなるんだろう…… 「ありがとうございます」 「でも嬉しいわぁ! あの顔だけイケメンのがさつなカイルに、こんな美人でしっかり者のお嫁さんが現れるなんて!!」 「ブフッ!」  せっかく口に含んだ紅茶を、まんまと噴射した。  吐血したかのようにシーツが滲む。  絶望的。 「まあ、大丈夫? 熱かったのかしら。猫舌? やっぱり元気な子は猫舌なの?」  王妃が背中をさすり、口まで拭いてくれる。  私は完全に、成すがままだった。
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