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8 イーディスの陥落(※王子視点)
「まあ! ほぉんと! こうして並んでいるとお似合いのカップルですわ!」
ハリエットが目を輝かせて囃し立てる。
父の乳母だったこのローリング侯爵夫人は、俺にとって血の繋がらない祖母のように愛すべき老婦人であり、そしてとてつもなく喧しい老婆でもある。
ペロを射撃大会になんか連れて来た事はきつく咎めるべきだが、最高の出会いを演出してくれた事もまた確かだ。
──はあ!? トラ!? あの婆さん正気かッ!?
あの日の自分に言ってやりたい。
トラ(と婆さん)は花嫁を乗せてくるぜ、と。
「応援しますよ! まぁーっ、なんて素敵なんでしょう! きっと運命ですよ! だってこんなに美しくて気丈で肝が据わっていて正直者で優しい──」
このままだと全部言われる。
「ハリエット」
「はい?」
愛すべき老婦人を手で制し、俺は唇に人差し指を当てた。
ローリング侯爵夫人はうっすらと頬を染め、したり顔で瞬きすると、徐々に後退していき、そして身振り手振りでここぞとばかりに注目を集めた。
「イーディス・ラブキン」
「は、はい」
パイナップルを被ったペロと同じ顔をして、イーディスが俺を見つめる。
俺もイーディスを見つめた。
「一目見た瞬間からお前が好きだ」
視線を外さず、手を握る。
「結婚してくれ」
「ふスン──」
「え!?」
一瞬、頭が真っ白になった。
イーディスが白目を剥いて昏倒したのだ。
「イーディス!!」
一度は退いたローリング侯爵夫人が飛びついて、倒れたイーディスに覆い被さる。
遅れて、俺の手からつるんとイーディスの手が抜けた。
「……」
驚きを、隠せないんだが……
「イーディス? 大丈夫? しっかりして!」
「……嘘、だろ……?」
さっき父親のほうに挨拶してきた。
この射撃大会に参加したのは、銃の腕に惚れてくれる夫を見つけるためだと言っていた。求婚される事だって想定していたはずなのに、なぜだ。
「どうされました? 殿下」
ダグラスが駆け寄ってきて、イーディスの傍らに膝をつく。
「急に倒れたの! 殿下が急に求婚なんかするから!」
「静かな部屋に運びましょう」
「お願い」
ローリング侯爵夫人からイーディスを請合うと、背中と膝の裏に腕を差し込み、女にしては大柄な体を軽々と抱きあげて、ダグラスが俺を冷たく睨んだ。
「突っ立って見ていたんですか?」
「あ」
急だったから……
「だからモテないんですよ」
「イーディス!」
歩き出したところで、父親のジャレッド伯爵が血相を変えて飛んでくるのが見えた。俺は返す言葉もなくダグラスの背中を追った。
ローリング侯爵夫人がダグラスに追いすがり、腕に掴まる。
「でも、このふたり! お似合いよねっ?」
「そうですが、さすがに重いです」
俺はローリング侯爵夫人の腕を掴み、そっと引いた。
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