10 腹ごしらえも油断禁物

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10 腹ごしらえも油断禁物

 従順な獣か赤子のように口を拭かれていたら、例の王子が入って来た。  カイル殿下。  ホレス……謀ったわね。 「悪い悪い。あんな驚くとは思わなかった」  ええ、私も。 「カイル? ノックくらいしなさい」 「否、全開だったし」  王子と王妃がとても普通。 「派手に吹いたな」  ついにベッド脇に立ったカイル殿下に見られた。  王妃の宛がう布に口を塞がれ、返事はできない。  見あげていると、無抵抗な私を殿下が笑った。 「お前、フスンッって言って倒れたぜ? クッションかよ」 「……」 「カイル、失礼よ。あなたのせいなんだから」 「母上、口を」  王妃が私の口を塞いでいた事実に、やっと気づいた。  はにかんで手を退ける。  成人の親とは思えない、若々しい笑顔。姉や伯母と言われれば納得もできる。  こんな状況じゃなきゃ、秘訣を教えてもらいたいものだ。 「なあ。腹減ったろ? 骨付き肉とウィスキーがあるぞ」 「骨付き肉をください」  開口一番、この口は!    でも、これ以上マヌケの上塗りをしたからって、なんだと言うのか。  もう恐いものなしだ。  ……元々、あまりないけど。 「骨付き肉!」  カイル殿下が戸口に向かって手を叩く。  すると畏まった風体の男が銀のトレイを恭しく掲げて寄ってきた。 「骨付き肉にございます、殿下」 「イーディスに食わせろ」 「御意。どうぞ、レディ・イーディス」  そうか……、家臣も順応しているわけか。   「ありがとう、ございます。……!!」  私はベッドで骨付き肉にかぶりついた。  王妃が満面の笑みで手を振って出て行く。  男が給仕と相槌を務め、カイル殿下は脇に座った。 「いやぁ、俺もびっくりした。あのあとお前が撃たれたって勘違いした奴らが騒いでさ。トラのあとの令嬢暗殺じゃあ、近年まれに見ぬ大事件だからな」 「……」  楽しそうだ。  あと、ほんと美味しい。 「まあ誤解は解けたんだが。そんな事より、お前はなんでも着こなすな。うんうん、綺麗だ」 「……どうも」 「食ってもあまり太らないんだろ? ドレス、採寸しようぜ」 「……」  私は咀嚼をゆるめ、侍る男をじっと見あげた。 「モートン侯爵令息ダグラス・ミアー、側近です」  聞きたいのはそれじゃない。  脂の旨味と共に肉を飲み下し、唇を舐めて、骨付き肉だった骨に目を落とす。 「あ、足りないか? ダグラス、もう一本」 「御意」 「……」  私、もしかして……返事したほうがいい感じ?  肉とか、食べてる場合じゃ、ない?
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