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10話 花火大会の前に
コンビニでジュースを買ってから、昨日の公園に行こうと思ったのだが、あたしは道がわからない。
なので、昨日のとおり、章の家の前を通り過ぎた。
チラリと見ると、章がガレージにいる。
「おいっ」
無視はしちゃいけないようだ。
あたしは車のいない道路を使ってUターンすると、にこやかに手を上げる章がいる。
「約束守ってくれて嬉しいよ。でも、時間、早いんじゃない?」
「いや、今さ、オリテキテルところで、小説推敲したくて」
「なるほど。したっけ、チャリはここに置いて、待ち合わせの公園にいかない? 花火会場、自転車だと行きづらいから」
「ありがと。でもさ、今、章まで来なくてよくね?」
「オレ、由鈴が小説書くとこ見たい」
「あっそ。じゃ、ジュースおごってよ」
「オッケー」
……つくづく変わったヤツだと思う。
喜んでジンジャーエールを買ってくれた上に、日陰のベンチで、あたしの真横に座って、ずーーっと、ずぅーーーっと、指を見てる。
「……なんか面白い? つか、なんか恥ずいんだけど」
「文は読んでないから。でも由鈴の指から言葉がでてくるのが、マジすごくて。なんか魔法使いみたい……」
「そう? でも、あたしもこんなこと初めてかも。めっちゃ筆がのっててさ。……昨日なんか、主人公のセリフはスラスラ出てくるし、キャラが勝手に動くって、初体験して。今は直しだけど、それもココがおかしいとか、なんかパッてわかるっていうか」
「そんなことあるんだ」
「あんだね。マジビビってる。章はない?」
「……どうだろ。でも、ネタが止まらないことはある、かな」
「そんな感じかも」
汗のかいたペットボトルに比例して、ジンジャーエールは温くなっている。
それでも美味しいと思う今日は、そこそこ暑い日。
ただ風は冷たい。
秋が遊びに来ているのがわかる。
「由鈴が今書いてるネタって、昨日降ってきたときに浮かんだやつなの?」
章はシャーベットのアイスをかじり、冷たかったのか、ギュッと目をつむる。
「ネタはね、去年からあっためてたヤツ」
「1年も!?」
「これはね。なかなか書き出し、出てこなくてさ」
「へぇー。……あ、ごめ。書くの邪魔した」
「いいって。見ていいって言ったのあたしだし」
普段は話しかけられたくないし、言葉が邪魔して、文章なんて書けないのに、今日は違った。
章と話をした方がスムーズに地の文が直るし、見直せる。それに、章と話す度に、キャラが元気になっていく。いや、生気を帯びていく。そんな雰囲気がある。
「章は発想を与える天才なのかね」
「どういう意味?」
「文がスラスラ出てくるの。すごいよ、これ」
あたしが褒めたことが嬉しかったのか、章が目を細めて、微笑んだ。
あたしは思う。
心の底からあたしに笑ったのは、これが初めてだ───
息を飲んだ。
別に、すごくカッコよかったわけでもない。
でも、章の素直な気持ちが、あたしの息を止めたんだ。
「えーー、はやくない? 絶対ウチらが一番と思ってたのにー」
振り返ると、女子3人がいる。
車が去って行ったことから、送ってもらったようだ。
しかしながら、サーヤしか喋らない。他の2人は会話が出来ない呪いでもかけられてるんだろうか?
「みんな、浴衣なんだ。かわいいね、それ」
あたしは先手を打った。
さらに、裾と襟首を直してあげる。
これでもババアの孫だ。浴衣くらい着付けできるし、直しもできる。
「ね、章くん、浴衣どう?」
無視かよ!!!!!!!!
「……へぇ。夏っぽいね」
ニコリともしないこいつも、結構なクズだ。
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