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2話 パンクと夕立
「由鈴ちゃん、今日のお昼は冷麦ね」
「素麺がいい」
「ひやむぎ」
ばあちゃんからの圧を受け、あたしはそれに納得する事にした。
小さい小鉢と、めんつゆ、水を用意するけど、ばあちゃんの冷蔵庫には、めんみと、新得そばのつゆがある。
あたしは新得そばのつゆが好き。でもばあちゃんは塩味が強いめんみ派だ。
「ばあちゃん、毎回聞くけど、しょっぱくない?」
「ばあちゃんだから、味が濃いのがいいの」
「ふぅん」
「だからそれはずぅっと、由鈴ちゃん用」
慌てて賞味期限を見る。
ばあちゃんはそれに笑い、目をシワで隠した。
「ちゃんと買い直してるけど、来年は、そのパックに詰め直しとこうか」
「マジ、ソッコー捨てるし。つか、来年は無理かなぁ。大学受験あるっしょ。勉強しなきゃだし。来るの無理っしょ……あーやだー!」
「もう、そんな年かい。そうだね、恵一や桃香も、大学だーって、帰ってくるの月末らしいわぁ。だから部屋余ってるっていうから、あれなら、あっちの家行きなよ?」
『あっちの家』というのは、叔父の家を指す。
農家の家は敷地が広いのもあり、何軒も家を建てられるみたい。
よく聞くのは、三世帯の家を、一軒建てる、という話。でも、ばあちゃんがそれを断ったらしい。
大正解!
あたしがのんびりできる!
確かに子供の頃は、恵一兄ちゃんや、桃香ちゃんとも遊んでいたけれど、今会っても、何を話せばいいか、わかなんないし。
「ばあちゃん、いいって。古くたって、部屋にエアコンあるし。こっち来てるの、ババア孝行と避暑だし」
「でも今年は暑さ厳しいから、体がこわいねぇ。由鈴ちゃん帰ったあとぐらいから、涼しくなるって予報だわぁ」
「マジで? あと3日しかいないのに、ぜんぜん避暑してないじゃん! あ、ばあちゃん、午後からチャリ借りてもいい?」
「いいよ? 気をつけて行くんだよ?」
茶碗洗いを手伝ったあと、リュックを掴んで外に出た。
「……あちぃ……でもなー、エアコン満載の部屋だと、なんも浮かばないんだよなー」
リュックの中には、財布とスマホ、モバイルバッテリー、そして、ポメラがある。
私の今年の夏休みの目標は、短編小説を書きあげ、雑誌に投稿すること。
砂利の道を5分走れば、舗装道路にでるが、牛乳を運ぶ大型トラックも多いため、歩道を自転車で走っている。
だいたい人間が歩道を歩いていないのだから、あたしが使っても文句は言われないと思う。
みーんな車で移動する。
ここじゃ、チャリなんて、目立つくらい。
30分漕いで、目的地の公園に着いたけれど、じっとりとTシャツが汗で濡れて気持ちが悪い。
定位置であるブランコには、やっぱり誰も居ない。
ここは林で囲まれながらも風の抜けがよく、虫が少なめ、なおかつ人もおらず、お気に入りだ。
サラサラと砂を落とすようなシラカバの葉が鳴る。
風が細い枝を大きく撫でた先には、黒い雲が遠くにあるが、小4まで北海道にいたからといって、空が読めるわけじゃない。
あたししか揺らしてないだろうブランコに腰をおろし、素早くポメラを開いた。
が、
「ぜんぜん思いつかん……まず、あたしは、恋愛が書きたいって思ってんでしょ? 主人公は男? どっち? 女? えー……」
男主人公で書き出してみたけれど、ありきたり。
バス停で待ってるのが数日重なって、話しかけられたら、……え? キモくない?
「……キモいな」
大きなため息をついて、空を見上げて背伸びをする。
いつも見えるのは、薄雲が伸びた青い──
「……げ」
私の頬に雨粒が落ちた。
そりゃそうだ。
これだけ、濃い灰色の雲は、夕立以外、考えられない!
ポメラは用意しておいたジップロックに、ついでにスマホもそこに突っ込み、リュックを背負い直す。
ザンザンに降り始めた雨のなか自転車に跨ったとき、違和感に気づいた。
「……パンクとか、ねーよ」
降りて見ても、後輪がパンク。間違いない。
しばらく乗ってなかった自転車は、チューブが弱っていたのかもしれない。
ひとり反省をしながら自転車を押して歩き出したが、だんだんと怒りがわいてくる。
激しい雨は変わらずで、伸びきったショートヘアから伝う水が背中に落ちて、気持ちが悪い。
「あーーー! さいあく! さいてー!!!!」
いきなり、肩が叩かれた。
悲鳴に近い声をあげて振り返ったとき、傘をさした、同い年くらいの男が突っ立っている。
「あの、何してんの?」
──これが、彼の第一声。
何度思い出しても、コレはオカシイと、あたしは思う。
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