4話 あたしのババチャリ

1/1
前へ
/16ページ
次へ

4話 あたしのババチャリ

「ちょ、テメェー、ババチャリ返せ!!!!」 「直したら返すって!」  不意をついて、奪われた自転車は、彼が指さした家へと向かっていく。  たった3分ほどのダッシュだったけど、あたしの肺は潰れるんじゃないかと思うくらい、ゼーゼーしている。  彼が入った場所はガレージだ。  トタンを殴るざーーーーという音につつまれたそこは、じっとりと蒸し暑いが、大きめの扇風機がまわり、風に当たると少し涼しい。  壁にそってたくさんの工具が並ぶ。綺麗に整理整頓されているのを見て、もし彼がこれを管理してるのなら、几帳面系。  なんか、ちょっとめんどくさそー。  蛍光灯の下で、ようやくハッキリと彼の顔が拝めた。  間違いなく年上じゃないことに安堵したあたしに、 「あれくらいで、そんなにゼーゼーする? 運動したら?」 「別にしなくていーし!」  まだ整わない息のなか、バスタオルが頭に降ってきた。 「それ、使って?」 「あ、ありがと」 「20分もあれば直るとは思うんだけど、大丈夫?」 「うん、ぜんぜん」  横を見ると、細いタイヤの自転車が3台も並んでいる。ハンドルもUの字になってる、走る専用の自転車だ。3台の違いなど全くわからないが、どれも速そうではある。 「整備してたのって、これ?」 「そ。ねーちゃんのなんだけどね。オレの方が器用だからって、さ」 「へぇー」  いつのまにかチューブが外され、しゅこしゅこと空気を入れる音が響く。  落ち着き出した雨音のせいか、不意にアクビが出てしまう。 「ね、昨日も君、あの公園に来てたよね?」 「あんた、あたしのストーカー?」 「こっから見えるんだよ。炎天下のなか、なにやってんのかなーって思ってて」 「小説書いてる」  あたしが答えたとき、彼が顔を勢いよく上げた。  あまりの視線の強さに、あたしは白状する。 「……いや、まだ、書けてない、けど、書き出してる、とこ……」 「すごいねっ!」  もし彼の手がなにも掴んでなかったら、あたしに握手を求めていそうな勢いだ。 「そういうこと、言えない人多いじゃん」  言いながら手元に視線を戻したのを見て、あくびを噛み殺す。 「……だって、あたし、小説家になるしさ」  あたしが何気なく言った言葉に、彼は再び顔を上げた。  その顔は、驚きと、何かが交じった表情だ。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加