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4話 あたしのババチャリ
「ちょ、テメェー、ババチャリ返せ!!!!」
「直したら返すって!」
不意をついて、奪われた自転車は、彼が指さした家へと向かっていく。
たった3分ほどのダッシュだったけど、あたしの肺は潰れるんじゃないかと思うくらい、ゼーゼーしている。
彼が入った場所はガレージだ。
トタンを殴るざーーーーという音につつまれたそこは、じっとりと蒸し暑いが、大きめの扇風機がまわり、風に当たると少し涼しい。
壁にそってたくさんの工具が並ぶ。綺麗に整理整頓されているのを見て、もし彼がこれを管理してるのなら、几帳面系。
なんか、ちょっとめんどくさそー。
蛍光灯の下で、ようやくハッキリと彼の顔が拝めた。
間違いなく年上じゃないことに安堵したあたしに、
「あれくらいで、そんなにゼーゼーする? 運動したら?」
「別にしなくていーし!」
まだ整わない息のなか、バスタオルが頭に降ってきた。
「それ、使って?」
「あ、ありがと」
「20分もあれば直るとは思うんだけど、大丈夫?」
「うん、ぜんぜん」
横を見ると、細いタイヤの自転車が3台も並んでいる。ハンドルもUの字になってる、走る専用の自転車だ。3台の違いなど全くわからないが、どれも速そうではある。
「整備してたのって、これ?」
「そ。ねーちゃんのなんだけどね。オレの方が器用だからって、さ」
「へぇー」
いつのまにかチューブが外され、しゅこしゅこと空気を入れる音が響く。
落ち着き出した雨音のせいか、不意にアクビが出てしまう。
「ね、昨日も君、あの公園に来てたよね?」
「あんた、あたしのストーカー?」
「こっから見えるんだよ。炎天下のなか、なにやってんのかなーって思ってて」
「小説書いてる」
あたしが答えたとき、彼が顔を勢いよく上げた。
あまりの視線の強さに、あたしは白状する。
「……いや、まだ、書けてない、けど、書き出してる、とこ……」
「すごいねっ!」
もし彼の手がなにも掴んでなかったら、あたしに握手を求めていそうな勢いだ。
「そういうこと、言えない人多いじゃん」
言いながら手元に視線を戻したのを見て、あくびを噛み殺す。
「……だって、あたし、小説家になるしさ」
あたしが何気なく言った言葉に、彼は再び顔を上げた。
その顔は、驚きと、何かが交じった表情だ。
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