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6話 約束を果たしに
彼のイメージとして、細身、柔らかな髪質、細目、鼻筋が通った顔と、お節介焼き、几帳面、激しい詮索好き……
それらをザックリ総合して、ユウリ、カイトが第一候補と、メモをする。第二候補としては、ソウタとか、ユウタとか、伸びる系の名前じゃないかと想像する。
布団に潜りながら、さらにキャラを妄想していると、あっという間に朝がきていた。
今日は昨日の雨のせいか、蒸し暑さがある。
とはいっても、北海道の蒸し暑さなので、さっそくとあたしはエアコンの電源を入れた。
「ばあちゃん、今日は桃香ちゃんの自転車借りるわ」
「昨日、散々だったもんねぇ。ごめんねぇ」
「いいんだって。ババチャリさ、おじさんにしっかり直しといてもらお? ばあちゃんどっか行って、パンクしたらヤバいし」
「どうかねぇ。もう膝も悪いから乗らないかも。あ、畑でナスビ取ってきて。昼に焼いて食べないかい?」
「わかったー」
あたしは年々、何かできなくなっていくばあちゃんを見るのが辛い。
一度ばあちゃんに聞いたことがある。できなくなることが増えるのは嫌じゃないのか、と。
『年寄りはね、ちゃんとみーんな、年寄りらしくなってくの。由鈴ちゃんも、若者らしく、なーんでもしてみなさい』
この言葉は、あたしにとって、人生の指針になっている気がする。
手のひらほどのナスビを手でもいでいく。もぐというより、茎を折るに近いかも。これもばあちゃんから教わった。
Tシャツの裾をつまんだ袋には、4本並んでいる。
「収穫も、今日で最後かな……他のやつ、まだ小さいもんな」
あたしの北海道の夏休みは明日まで。
明後日、朝イチの飛行機で、ここを去るんだ。
次に来れるのは、いつだろう。
たった数年先なのに、すごく寂しい気持ちになる。
午前中は、のんびりとばあちゃんとテレビを見つつ、雑談しつつ、麦茶とお菓子がかなり捗った。
そこで、ばあちゃんから韓国ドラマの面白さを教えてもらったけれど、私にはさっぱりわからなかった。
でも、帰ってから、ちょっと見てみようと思ってる。
面白いって言われるものは、ちゃんと見ておかないと。
お昼はナスビの油炒めと、目玉焼き。混ぜごはんと、嫌いなサヤインゲンの味噌汁。
サヤインゲンって、筋をとっても、筋張ってて、ぴろぴろって口から出てくるから、ホントに苦手。
「相変わらずだねぇ、由鈴ちゃんはぁ」
こんな会話をするのも、また数年先なんだろうかと思ったとき、
「由鈴ちゃん、時間は有限だよぉ。お出かけするなら、パパッと食べて出かけなさい」
ばあちゃんにけしかけられながら、あたしは予定通り、ババチャリから、桃チャリに変更した。
リュックを背負い直し、またがるが、ため息が出てくる。
「……このピンクがやだから、ババチャリが良かったんだけどなぁ」
今日の日差しは痛い。
日焼け止めを塗っていないこの数日で、肌がかなり浅黒く変化している。紫外線から体を守っている肌に感動するが、いい加減、日焼け止めは塗った方がいいかもしれない。
強い風に押された結果、到着は思ったよりも早かった。ただ風向きが変わらなければ、帰りは地獄だ。
「ここん家だったよな……」
表札がない。
今どきの家はない家も多い。
昨日見たガレージを覗くと、昨日の彼が自転車をいじっていた。そして、あたしを見つけて、手を上げる。
「ホントに来たんだ」
その発言になんかイラッとしたあたしは、
「アイス、おごってやるから、ついてこい、ソウタ!」
「いや、章っていうんだけど、オレ」
「ショー? ……マジか。妄想候補になかったな、その名前」
ここから一番近いコンビニの方角にチャリを向けるが、ショーはなぜか目をキラキラさせている。
思えば一番最初に声をかけてきたときも、こんな目をしていたかも。
「ね、それって、オレの名前、想像してたってこと?」
「そうだけど?」
「オレの顔とか、仕草から?」
「そう、だけど……?」
まるでトトロに出会ったメイだ。
うわぁーという喜びの表情を作ると、
「じゃ、オレも君の名前、想像してみる! アイス食べるとき、答え合わせしよ」
あまりの勢いに、頷くしか、答えがない。
でも、面白いヤツ、かも……!
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