8話 明日の約束

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8話 明日の約束

 あたしはすぐに立ち上がった。  なのに、 「沙亞優(さあや)じゃん、久しぶり。由鈴、彼女、オレと同じ高校の子」  紹介されてしまった……。 「ども、由鈴です」  サーヤと呼ばれた女子が、あの3人の中ではリーダー格のようだ。  挨拶してみたが、サーヤはあたしのことは丸無視。  他2人は、サーヤに合わせて無視することに決めたみたい。  改めて章を見る。  だが彼の顔は無表情だ。  どういう事だろう? 「章くん、私のメッセ、見てる?」 「あー、ごめん。見てなかったかも。あんましオレ、スマホ見ないしょ?」  おっと、確認系で否定する、高度な話術!  だが、スマホを見ないというのは、ウソだ!  さっき、映画めっちゃ調べてたし。  ほぼ、スマホで映画見てるって言ってたし。  ……なるほど。  積極的な彼女から離れる作戦ですか。  いーじゃん、かわいいんだから、3ヶ月くらい付き合ってみても。  ……別れたあとが、ひどそうだけど。 「じゃあ、章くん、明日の花火、連絡したんだけど、見てくれた? 行くって言ってたじゃん」 「花火……」  横目であたしを見てくる。  これは、軽い気持ちで、夏休み前に口約束した系か?  気持ちは察するが、章のチラチラとした視線がウザい。 「……は? バカ? 行かねーし」  サーヤに後頭部が見えるようにあたしは立ち直し、小声で先手を打つ。 「……サーフムービー、1ヶ月奢る」  これは、交渉のカードとして強い!!!  なぜなら、サーフムービーは映画サブスクのなかでも、過去作を豊富に取り扱っているのだ。  しかしながら、1ヶ月の金額がエグい。  あたしの1ヶ月のお小遣いが、ほぼ消える金額だ。  夢の高級サブスクなのである……!    奥歯を食いしばる。 「…………先払いな」  章の拳が一度だけ握られた。  彼はあたしの両肩をつかみ、くるりとサーヤの方へと体を向ける。 「オレの友だちもいっしょでいいだろ? 由鈴も連れてく」  そう言われたサーヤの顔は、しばらく忘れられないと思う。 『意味がわからない』  そう顔に書いてあったからだ。  だが、その気持ちは、あたしもいっしょだ。  あれよあれよと、明日の16時に、この公園で待ち合わせとなったけれど、なんであんたも一緒なの? という含みは、終始あった。  きっと、明日もあるだろう。  たしかに、章はあたしのことをひと言も説明しなかったせいもある。  というよりも、章はあたしのことを紹介できなかったのだと思う。  彼が知っているあたしの情報は、 ・ここから歩いて3時間くらいの場所にいる ・居候 ・小説を書いてる ・高校1年 ・好きな映画が丸かぶり ・創作談義  だけ。  これだけ。  東京にいることはもちろん話していない。  さらに言えば、明後日の朝イチにはいなくなることも。  でも、あたしも章については似たようなものだ。  どこの高校かも知らないし、部活に入っているのか、得意な科目がなにかも、なにも知らない。  再び2人だけとなった公園で、あたしはブランコに腰をおろした。  子どもより重いあたしの体のせいか、ギーギーと唸りだす。 「ねー、あんたさ、友だちいないわけ?」 「いるけど? でもさ、友だち、どっちも彼女できちゃって。それといっしょに行ったら、既成事実になって、オレの首しまるでしょ?」 「たしかにー」  パチパチと、雨が葉っぱを叩く音が聞こえてくる。  慌てて見上げると、カシワの木が風で揺れているだけで、雨はない。  シラカバの優しげな葉の音と違い、大きめの葉っぱが葉っぱを叩くせいで、雨音のように聞こえてくる。 「ね、なんでサーヤと付き合わないの? 彼女カワイイ系じゃん」 「……なんか、惹かれないんだよね、単純に。……でも、恋はしてみたいな、って思う」 「へー。ならさ、付き合ったら、恋しちゃうかもよ? よくあるじゃん。気持ちがあとからついてくるってやつ」 「──由鈴は、オレに、沙亞優と付き合ってほしい?」  唐突な質問だ。  あたしは、言葉に詰まる。  詰まったから、こう言った。 「……サーフムービーのチケット、もらえる?」
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