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「私たちって何のために生まれてきたんだろうね」
廊下の窓から夕立を眺めながら、葵はぽつりとつぶやいた。その突然の発言に、私は驚いて言う。
「何それ、どうしたの」
灰色の空に亀裂が走ったあとで、地響きのような音がして、葵はこわ、と声をあげる。
「いやさ、このまま勉強して、大学行って、就職してっていう流れに沿った人生を送ることに何の意味があるんだろうって」
私は、葵の言葉に面食らった。私はそんなことをまるで考えたこともなかった。ただ目の前にあることだけに夢中で。
「なんか難しく考えすぎなんじゃない?きっと、人生にそんな深い意味はないと思うな」
「七海はあんまりそういう人生の意味とか考えたりしないの?」
何も考えずに生きている訳ではない。けれど人生の意味を考えたことはなかった。
「考えないかも。……でも、今はとりあえず「今」を楽しむことが1番だと思ってる。だって高校生でいられる時間は、今しかないんだよ?時間は戻ってこないし」
私はそんな浅いことしか言えなかった。
「……それもそうだよね。……でも将来のこと考えると『今』を楽しめなくて」
その時、葵の真横から低い声がした。
「降ってきたな」
それは、隣のクラスの橘くんだった。
彼は、葵の彼氏。
2人はとてもお似合いなカップルだ。
当たり前だけど両想いで、誰がどう見ても、文句のつけようのない完璧なカップル。
橘くんも、葵と同じように夕立を見つめている。
私は、葵に言いたい。
好きな人と付き合えること、ただそれだけで、人生の意味なんか考えなくてもいいんじゃないか、と。好きな人が自分のことを好きでいてくれること、そしてそれを公に出来ること、それだけで充分じゃないか、と。
だって私は、そうじゃないから。
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