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ショパンの英雄のポロネーズを聞きながら、私は給食のトレーを持って、廊下を歩く。
今日のメニューは、さつまいもご飯に唐揚げ、味噌汁。海藻サラダにデザートのさくらんぼ。それから、いつもの牛乳。
今日の給食のよそり方は、我ながら完璧だと思う。
山田は、今日も育美の分の給食を作り忘れたし、関口は、教室に連れてくる作戦が失敗してから育美のことに触れなくなったから、私が自分でよそったのだ。
私は、トレーを片手に持ち替えて、相談室のドアのノックする。
顔を出したのは育美ではなく、カウンセラーの宮内先生だった。
「今日も育美さん来てないのよ、ごめんね」
「いえ、もしかしたらと思って来ただけなので」
私は、先生ともう何度目かのやり取りをした。
関口が育美を教室に連れてくると言った日、結局、育美は給食を食べずに早退し、それから相談室にも来なくなったのだった。
「明日、また来ます」
私は、そう言って相談室を後にする。
今日は放送係りが準備に手こずっているのか、英雄のポロネーズは、まだスピーカーから流れている。
例えば、今すぐに育美が抱えてる問題全部を解決してあげるだとか、そういったヒーローみたいなことは私にはできない。
だけど、皆んなが育美を忘れたって、関口が関心を寄せなくなったって、育美に給食を届けることはこれからも続けたい。
例えヒーローになれなくとも、教室で起こった事を話して、そうして育美を教室と繋ぐ事ぐらいは私にも出来るだろうから。
前よりも暖かくなった風が、昇降口から吹き込む。
そんな春風たちが、ヒーローになれない私の背中を、少しだけ後押してくれているようだった。
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