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Ⅰ
スピーカーから流れるショパンの英雄ポロネーズを聞きながら、私は一人、長い廊下歩く。
『お昼の放送です。皆さん給食の準備はできましたか。当番は白衣を着てー』
たしか、今日の放送係は一年三組。うちのクラスのはずだ。
期末テストで学年一位を取ってから、うちのクラスのヒーローになった高橋さんの声を聞き流しながら(中学生にとってのヒーローなんてそんなものだ)、私は先を急いだ。
季節は真冬。こんな時期に昇降口近くの廊下を通るなんて馬鹿がすることだけれど、ここが一番最短のルートなのだから仕方がない。
それに私は、憎き担任からある任務を担っているのだった。
私の手には、緑色の給食トレー。
今日のメニューは、カレーライスにマカロニサラダ。それから変なピンクの牛のキャラクターが描かれたカップのいちごヨーグルト。
一人分の給食を持って、私は先を急いでいる。
「あぁ、さむ。バカ関口め」
思わぬ寒さに漏れたのは、担任への愚痴と白い息だった。
一息ついて、私は廊下の突き当たりの教室のドアをノックした。
〝相談室〟と手書きの紙が貼られたその教室から出てきたのは、育美だった。
「あ、叶ちゃん。いつもありがとうね」
「い、いや。別にお礼言われる程のことしてないし」
じゃこれ、と私は育美にトレーを渡した。
それから私は、育美と何を話そうかと考えた。
今日、山田がみんなの前でバク転して失敗したこと?
担任の関口が、朝から機嫌が悪いこと?
それか、今日の給食のメニューはまぁまぁだよねとか……。
話そうにも話すこともなく、私は、それじゃと育美に手を振って見せた。
育美も特に何も言わず、私に手を振って、そうして私たちは別れた。
さっき歩いてきた肌寒い廊下をまた引き返しながら、担任の関口を呪った。
育美が教室に来なくなったのは、今日から3ヶ月前程のことだった。
それから育美は、代わりに相談室に登校するようになり、そんな時関口が、私を〝育美に給食を届ける係〟に指名したのだった。
理由は、どうでも良い下らないものだった。
私の家が育美の家の近所だから、というだけの理由だ(プリントを届けるとかならまだ理解できるけれど)。
同じ部活の人やその中でも特に仲の良い紗来ちゃん。それか、誰とでも気軽に話せる山田とか。
適任は沢山いるはずなのに、何も考えない馬鹿な関口は、なぜか私を指名したのだった。
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