ほんとの宝物

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田舎にある、じいちゃん家の書斎は、私の宝箱だ。 大音量で鳴り響くセミやカエルの鳴き声。 朝のラジオ体操のメロディ。盆踊りの太鼓の音。 私にとっては、全てただの雑音である。 遠くから遊びに来たかわいい孫のためにと、 ばあちゃんが腕によりをかけたご馳走だって、そこそこに。 扇風機と麦茶をお供に、私はひとり、書斎に籠る。 上から下まで本棚を漁っては、ページをめくるのが、 夏休みの一番の楽しみだった。 その日、たまたま手に取った本は、英語…? いや、一体どこの国の言葉だろう。 金色の装飾で彩られた、立派な本。 しかし挿絵もなく、全く読めそうにもない。 諦めて本棚に戻そうとしたとき、 背後に、人ではない、何者かの気配を感じた。 「ねぇ、あなたの知りたいこと事、3つまで教えてあげる」 振り向くと、紺色の服を身にまとった女性が にっこりとほほ笑んでいた。 不審者?危険人物?人さらい? 突然、音もなく室内に現れた女性を前に、 私は、分厚い本を両手で持ち直し、身構えた。 「私は、本の虫って呼ばれてる、とっても物知りな妖精。  この世界の本についての全て、  あらゆる情報を、私は知っている。  …さぁ、なんでも聞いてみて!  あなたが今まさに持ってる、その本。  それを手にした人への、サービス特典ってやつよ。   ただし、質問は3つまでよ?」 「あの…そういうの、全部ネットで調べられるから…結構です」 「せっかく30年ぶりに人前に出たのに」 本の虫は肩を落として、しょんぼりうなだれていた。 確かに、インターネットが発達する前の時代なら、 彼女の知識は、ものすごく重宝されたのだろう。 あんまりかわいそうなので、私のスマホを見せてあげたら、 「この、ウキ…なんとかさん?と、ググレ先生?という方は、  とても博識でいらっしゃるのね」と喜んでくれた。 それから数日の間、彼女と他愛もないおしゃべりをしたり、 一緒に本を読んで感想を言い合ったりして、楽しく過ごした。 お盆のお墓参りも済ませ、とうとうじいちゃん家を発つ日。 お別れの前に、私は本の虫に聞いた。 「あなたのお勧めの本を3冊教えて。それが私からの3つ分の質問」 本の虫は、少し考えた後、答えた。 「そうね…私のお勧めの本は、この世界にはまだ無いわ」 そう言って、彼女はあっさり消えていった。 何でも知っていると言ったくせに、何にも教えてくれないなんて、 なんて意地悪な妖精だろう。 私にとって、この年は最悪な夏休みになった。 あの夏から数十年が経ち、私は児童文学の作家として 執筆活動に没頭する日々を送っている。 ありがたいことに本も何冊か出版されており、 本から現れた妖精が、3つの質問に答えてくれる 「本の妖精」シリーズは私の代表作だ。 今頃じいちゃん家の本棚にも並んでいることだろう。 どの本も、自分の子どものように愛しい、宝物の本たちだ。 …もし、もう一度、同じ質問ができたなら、 今度こそ彼女は答えてくれるだろうか。 あの夏の、本の虫の言葉の意味が、いまならわかる気がする。
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