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自身も多言語話者で、スペイン語に近いイタリア語も操る梶は、正確にはわからなくても大体の内容を把握したらしい。人の悪い笑みを浮かべると、英語で失礼、と断りを入れてから流暢に語り出した。
「彼は矢嶋志貴一等書記官、私の大切な片腕だ。色男であるのはご覧の通り、語学堪能で頭の回転もいいが、仕事一筋の堅物だ。我々の取引が成立したら、彼を君との連絡係にしようと思っている」
「それは好条件だ、よろしく志貴」
「……こちらこそ、テオバルド」
親しげに右手を差し出され、その手を握り返す。初対面の相手と名前で呼び合うのは志貴の流儀に反するが、この場合は仕方がない。仕事だと割り切って、志貴は斜向かいに着席した男を失礼にならないように観察した。
人のことを美人などと言ったが、テオバルドこそが美しいと賞賛されるに値する容姿の持ち主だ。色白でやさしげな、ともすれば女性的と捉えられがちな志貴とは対照的に、圧倒的な男性美を備えている。
高い鼻梁と真っ直ぐに通った鼻筋が、冷たく貴族的な印象を与える一方で、垂れた目尻には愛嬌がある。そして濃い眉毛と理知的な光を湛えた瞳が、穏やかな表情の中にも強靭な意思の片鱗を覗かせる。
何かに似ている、と志貴は思った。誰かではなく、何か。人に対する印象として不適切な自分の感覚が居心地悪く、記憶の底を浚おうとする前に、梶とテオバルドの『取引』が始まった。
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