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「――つまり、私に対米諜報機関を作ってほしい、と?」
「君の『友達』に伝えた通りだ。可能だろうか」
勿論、とテオバルドは昨日の天気を語るように事もなげに答えた。
「私の仕事について『友達』が何を言ったのか、大体想像できますよ。彼は自分の駒の価値を見誤らない男だ」
「無理を言ってすまないが、できるだけ早く動いてほしい。日本の事情はおわかりだろう」
こちらの事情――今月八日、日本軍の布哇比海戦(後の世では真珠湾攻撃と呼ばれことになる)により戦端が開かれた大東亜戦争は、国際連盟を脱退し国際社会から孤立していた日本を、さらに明確に孤立させた。関係は著しく悪化していたものの、それまで不干渉の立場を取っていた大国アメリカを敵に回したのだ。
敵国となれば国交は断絶され、それぞれの国に駐在する外交官の資格も停止される。それは、外電と枢軸国からの情報以外に、最も必要な交戦国の情報を入手する術を失うことを意味する。
主戦派ではない梶と、さらに帝国主義にも懐疑的な志貴にとって、月初の大事件は彼我の国力の差を見誤った愚挙としか思えず、足元が覚束なくなるほどの衝撃を受けた。最悪の事態を想定して諜報機関の設立を計画し、今こうして実行に移しているわけだが、対米開戦は踏みとどまるだろうと、心の奥底では母国を信じていたのだ。それほどに、この開戦は無謀だった。
しかし、賽は投げられた。大本営の決定を嘆いても始まらない。外交官の使命――水面下で国を守る戦いはすでに始まっている。
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