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隣から、フッと笑いの気配が伝わる。
美人美人と連呼するが、志貴は女性と間違われたことはない。ラテン男は美人を見れば礼儀として口説く生き物と聞いていたし、事実日常の光景として街中でよく目にするが、あくまで女性に対してだけだ。
興味を持つなら、一等書記官の顔などではなく、公使である梶の計画にしてほしかった。うまく機能すれば、母国の行く末を左右する重要な羅針盤となるはずなのだ。しかし目の前のスパイにとっては、金が支払われなければ気に掛けることもない、仕事のオファーの一つに過ぎないのだろう。
ならば、多少でも気に掛かるように仕向けるだけだ。
「君の『職場』は、主にイギリスのようですね」
質問ではなく確認の口調で訊ねると、警戒というほどではないが、無言のままこちらの出方を窺っているのがわかった。
今日の面会は、一方しか釣書を見せていない不公平な見合いのようなものだったが、諜報を生業にしている相手に、契約前に素性を教えろと言う方が非常識だ。テオバルドは、自身の経歴を知らないはずの志貴が、その背景の一端でも察しているのを意外に思ったのかもしれない。
しかし勿論志貴には子飼いの諜報員などおらず、種明かしは単純だった。
「君の英語は、イギリスのものだったので」と言い足すと、すんなり納得したようだ。「ご明察」と隠し立てすることなく肯定する。
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