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(18)
マドリードに戻った時、日はとっくに街の稜線の向こうへ落ち、夕食時を過ぎていた。途中有名な古都に寄り、のんびり旧市街を見て回ったせいで、すっかり遅くなってしまったのだ。
あの小さな山村から日常に戻るまで、それだけの時間が必要だった。あの地で──愛着のある生まれ故郷で両親を殺されたテオバルドが何もなかったように振る舞うなら、志貴もそうするしかない。
そのためには、惨劇の場所も日常からも遠い見知らぬ街で、心の状態を平らかにする必要があった。外交官という仕事柄、普段であれば得意な作業は、かつてなく難しいものとなり、その分時間が掛かったのだ。
勿論、初めて訪れる史跡を巡りながら交わす何気ない会話、穏やかな時間が心地好く、離れがたかったことは否めない。飼い犬にせがまれた散歩だったが、心を乱されることはあったにせよ──そしてそれは今も胸にわだかまっているにせよ──、振り返ってみれば悪くない休日だった。
「楽しいデートもとうとう終わりか」
朝迎えに来た時と同じように、テオバルドは志貴の住む共同住宅の正面に車を停めた。その横顔が疲れを見せず、穏やかなことにほっとする。
「今日はありがとう。楽しかった──思いがけず」
「最後の一言は余計だな」
ニッといつものようにテオバルドが笑みを浮かべる。
口の端を吊り上げ目元を緩めただけなのに、愛嬌の中にも色気が滲んでひどく魅力的なそれは、『スペイン語』の時間に何度も繰り返されてきた。
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