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 はじめは軽薄で胡散臭いばかりだったのに、今では目にするたびに鼓動が小さく跳ねる。懲りずにまた魅了されながらも、志貴は(おもて)には出さずに続けた。 「君の運転もなかなかだった。公使館の運転手の具合が悪い時は、代理を頼むかもしれない」 「犬を褒める時は、もっと素直にわかりやすくご褒美をくれよ」 「……今日はあげすぎた、反省してる。当分控えることにするよ。──じゃあ、おやすみ」  会話があやうい方向に傾き、慌てて別れの言葉を口にする。  いつまでも二人きりの狭い車内にいるのは危険だ。昼間散々求められた口づけを、別れ際にもねだろうという飼い犬の甘えを感じる。そしてその甘えを退けるのは、昨日よりも難しくなっている。  二人の間の線を引き直すように、志貴は車から降りようとする。それを制止したテオバルドが、先に外に出てドアを開けようとし──しかし、一足先に助手席に近づく者があった。  玄関の灯りを背に、車窓を覆うような人影。それが一洋だと気づき、志貴は体を強張らせた。  今日は用事があると、確かに伝言した。武官宛の、しかも志貴からの言付けを、武官府の人間が伝え忘れるはずがない。  それなのに、こんな時間に──テオバルドと二人で帰ってくるところに居合わせるなど、一洋は何故、今この場にいるのか。 「外出するとは聞いていたが、随分遅いお帰りだな」  ドアを開けて掛けられた言葉は、志貴に向いているようでテオバルドを質すものだった。  受けて立つように、テオバルドが一洋に向き直る。
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