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「妙なところで、妙な時間に会うな、衛藤。待ち伏せでもしてたのか?」
「君には関係ないことだ。私は志貴に用がある」
刺すように冷たい視線が、男たちの間を行き交う。
白い火花が散るような緊張に、春を迎えたとはいえ陽が落ちると冷え込む夜が、さらに冷え切っていくようだ。
志貴は転げるように車を降り、常になくピリピリと険悪な気配をまとう一洋に向かって頭を下げた。
「お待たせしたようで申し訳ありません、中佐。緊急のご用件でしょうか」
「話は中でしよう。遅くまで連れ回されて、志貴も疲れてるんじゃないか」
「いえ、そんなことは」
長い遠出を揶揄する言葉を肯定しない志貴に、一洋の眼差しが一層厳しくなる。
それには気づかず、志貴はテオバルドに向き直った。彼をここに留めることで、何が起きるのかわからない漠然とした不安があった。
珍しく機嫌が悪く威圧的な一洋に、彼を傷付けさせたくない。そしてテオバルドに、これ以上一洋を刺激してほしくない。
一洋の不機嫌とテオバルドの挑発的な態度の理由もわからぬまま、志貴はどうにか微笑みを浮かべ、礼を述べた。
「テオバルド、今日はありがとう。また明日、『スペイン語』の時間に」
「──ああ。明日、また」
物言いたげに、強く志貴を見つめ──短い沈黙ののち、テオバルドは頷いた。一洋には一瞥もくれず悠然と運転席に戻り、エンジンをかけると、窓越しに志貴に軽く合図する。
ハツカネズミのテールランプが、角を曲がり視界から消えるまで、志貴はその場で見送った。その肩に、一洋の腕が回る。
「冷えるぞ、中に入ろう」
抱き寄せるように歩を進められ、いつになく強引な一洋に戸惑いながらも、志貴は黙って従う。
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