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 色々ありはしたが、総じて和やかだった一日の終わりは、予期せぬ一洋の出現で不穏なものになった。その硬い声から伝わるのは、ただ不機嫌というわけではない。多分に焦燥のようなものを感じる。 (約束してなかったとはいえ、どれほど待たせてしまったんだろう)  梶ではなく志貴個人への急ぎの用件なら、和平交渉に関することかもしれない。珍しくマドリードを離れた日に──よりによってテオバルドと出掛けた日に、そんな事態が出来(しゅったい)するとは。  間の悪さを恨みたくなるが、誰のせいでもない。今日という日を振り返り、このところ様子のおかしかった飼い犬の、奇妙に晴れ晴れとした顔の理由を検証したいという思いは、夜気に冷え切った一洋の様子に棚上げされた。  玄関の鍵を開け、明かりを点けると、志貴は慌ただしく上着を脱いで台所へ向かう。  宿舎にしている集合住宅は高所得者向けで、この国ではまだ珍しい最新の設備が整っている。セントラルヒーティングもその一つで、帰宅してすでに部屋が暖まっているのは幸いだった。 「イチ兄さん、冷えてるでしょう。何か温かいものを……」 「座ってろ、俺がやる。ホットミルクでいいな」 「僕がやるよ、兄さんこそ座ってて」 「吹きこぼしたり鍋を焦がしたりすると、ガルシア夫人からお叱言を食らうぞ」  ぐうの音も出ない言葉に、志貴は黙って居間に引き下がった。外交官としてはさておき、台所ではまったくの役立たず、とガルシア夫人から烙印を押されていることは、直接言われたことはなくても薄々察している。
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