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それが日本男子だと開き直るには、周囲の人間が邪魔をした。幸か不幸か、志貴の身近にいる男──一洋は勿論、食道楽の梶も料理好きで、器用に台所仕事をこなす。後片付けも厭わず、食器から流し台までピカピカに磨き上げる完璧さは、ガルシア夫人に強い感銘を与えていた。
「それに比べて矢島さんは」と口には出さない彼女は、やさしい人なのだ。頑なに、こうして一洋を操ってまで、志貴が台所に立ち入ることを阻止しようとするだけで。
(……仕事しか取り柄がないのに、この様か)
居間のソファで一洋を待ちながら、ため息が洩れた。一日私用で外出していた自分とは異なり、おそらく和平交渉のために動いていた一洋の時間を無駄にしたことに、罪悪感が込み上げてくる。
それでも──後悔はなかった。
テオバルドにも志貴にも、この遠出は必要なものだった。何故かテオバルドは、志貴に故郷を見せたがった。その理由を知りたい、彼を側に留めたいという切迫した欲求に、志貴は抗えなかった。二人の関係を変える名──恋人と呼ばれることになっても。
──志貴、恋人と呼べよ。
──……飼い主と兼任なら、考える。
短慮だったかもしれない。しかし、ああ答えるしかなかった。
これからの二人の形は、どう変わるのだろう。飼い主とその犬であれば、依頼主とスパイの延長だと強弁できた。しかし恋人という関係は、最早言い逃れはできない。
──強弁。言い逃れ。誰に対する……?
身勝手な自身の行為が、知らず二人の男へ向けられていることに、志貴は気づく。
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