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自身の不実は、とうに自覚している。テオバルドには唇と恋情を、一洋には想い人の身代わりと慕情を捧げて繋ぎとめる。それが日常となって久しい。
必要とする男たちを自らに執着させるために、手段など選んでいられない。だから志貴は同時に二人の手を掴み、唯一の相手のように振る舞いながら、それを隠した。
弄ぶためではない。自身の弱さを補い、使命を果たすため。母国を──大切な家族を守るためだ。
和平を成すためという大義が、不道徳さをも飲み込んでくれる。
そう覚悟を決めて、二人の男と歪な絆を結んだ時、開き直りとも違う妙な解放感があった。殻を破り、強かさという新たな皮膚を得て、どんな陸地でも生きられるような万能感に、それは似ていた。
しかし実際は、二人に依存しているだけなのだ。志貴自身の強度が増したわけではない。
そしてこの関係が露呈した時、志貴を裁くのは大義などではない。強く執着する男たちだ。
(テオバルドとのことを、もし兄さんに知られたら)
突如浮かんだ、冷ややかな危惧。さきほどの、珍しく剣呑な態度が思い出される。
母国を愛し軍人として強い使命感を抱く同志は、何があろうと、和平を成すために尽力するだろう。円滑な任務遂行のために、表面上は変わることもないかもしれない。
しかし内心では志貴を軽蔑し、固く一線を引くはずだ。
自分に体を開き欲望を晒しながら、別の男に唇を許し恋人と呼ばれる。そんな節操のない下種に、気高い君子の身代わりは務まらない。一洋を手に入れる手立てにはならない。
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