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「お国のために心身ともに擦り減って、様子がおかしいお前を前に、据え膳を食うほど俺は卑怯じゃないつもりだ」
無言の問いが届いたかのように、一洋は続けた。その表情はいつもと変わりないが、どこか吹っ切れたようにも見える。
静かに肚が据わった様子に、志貴は逆に恐れを覚える。一洋の態度が、これは一時の気の迷いなどではないと──逃げ道を塞いでると感じたからだ。
「それに体目当てなら、とっくに手に入れてる。お前の体は、俺に靡いてるからな。前も後ろもとろとろにして何度も達かせて、訳もわからなくなってるうちに奪うのは造作もなかっただろう。──あんなことをされて、怒りもせずに身を委ねてくるお前を見て、触れるたびにどうにかなりそうだった。快楽で丸め込めるなら、このまま俺のものにしてしまおうかと、……何度思ったか知れない」
あんなこと──そう言いながら志貴を見つめる目に、湿った熱が宿る。この一年と少しの間に刻まれ、慣らされた、一洋の愛撫。
それは確かに愛撫と呼ぶに相応しい、いたわりと執拗さ、そして淫靡さを備えていた。即物的な、ただの性欲処理ではなかった。
恋人同士の行為を、はじめは強引に――やがて自ら、代用品として志貴は受けとめてきた。一洋の想いを受け入れる器となり、別の人への想いを注がれることで、一洋を自分に繋ぎとめた。
一洋の想いは、志貴には向けられていない。──誰も真に欲しいものを手にできないからこそ、今繋いでいる手を離さなくていい。
それが、二人の手を掴むための条件だった。あやうい均衡の礎だった。
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