マドリード 1943

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 つくづく目に毒な男だ。  安物の香水のような、あからさまで浅薄な色気を振りまいて、今も目の前を通り過ぎるご婦人方が引き寄せられるようにチラチラとこちらを見ている。(たち)の悪いことに、それは本人の意志で猫の爪のように出したり引っ込めたり、数段洗練されたものに取り換えたりもできるのだ。上品であれ下品であれ、自分といる間は控えてくれと頼んだこともあるが、クリーム入りの揚げパイ(バルトリージョス)のようにこってりと甘い笑顔で黙殺されて今に至っている。 「俺としては、綺麗なあんたを戸棚の奥にしまっておきたいんだが。そんなに可愛い顔をされたら、無理矢理閉じ込めることもできないな」  隣に座りながら「束の間の散歩を楽しむ志貴を、俺も楽しむことにしよう」などとふざけたことを言う男に、とうとうため息が漏れる。 「――テオ。いつまでも馬鹿なことを言ってないで、『それ』を」  シャツの胸ポケットを目で差しながら、志貴は男を――テオバルドを促した。  同い年の、小麦色に焼けた健康そうな異国の青年。  彼が外見そのままの、太陽の申し子のように陽気な青年ではないことを、志貴は知っている。そしてテオバルドも、志貴が深窓の令息のような、優雅で大人しい見た目通りの人間ではないことを知っている。  受け取った封筒を、麻のサマージャケットの内ポケットに丁寧に収める志貴の手元を、テオバルドの視線が追う。奥底に剛い意志を秘めた濃褐色の瞳は、二人の数少ない共通点の一つだ。 「俺の恋文、あんたも読んでるんだろう?」 「……私は何も知らない」 「つれないな」  わざとらしく肩を竦めてから妖しく流し目を送られ、こんな時なのに受け取った封筒を本物の恋文と錯覚しそうになる。この一年半で随分慣れたが、この手のラテン男の冗談は、今もすべては躱すことができない。
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