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 しかし一洋の口づけは、慰撫するように穏やかで、支配的な夜の愛撫とは真逆だった。志貴の抱えた秘密も恐れも舐め溶かすように、そっと舌で唇を割り、口内をやわらかくなぞる。志貴の形はすべて把握しようという意思があるかのようだ。  強張ったままの志貴を懐柔し、清も濁も丸ごと包み込むような、したたかな大らかさに呑み込まれそうになる。  ずっと、口にしてはいけないと、そして忘れてはならないと、常に心の片隅にあった戒めが、甘く丁寧な口づけの苦しさに、ほどけた。 「兄さんは、母さんが好きなんじゃ……」 「君子先生? 何の冗談だ、先生は志貴そっくりの美人だが、いつまでも歳を取らない妖怪──じゃない、お袋より年上なんだぞ」 「でも、兄さんは昔から、母さんに憧れてて」 「俺も道場の倅だ、強さがすべての価値基準みたいな家で育ったんだ。綺麗で強くて凛々しい女武者に、憧れないわけないだろう。その証拠に、うちの男どもはみんな先生の信奉者だ」  妖怪。女武者。  身内としては複雑だが、息子の志貴からして母を化け物、仁王様と思っているから、至って真っ当で客観的な評価ではある。  しかし少年の頃、君子を見つめる一洋の目には、確かに憧れ以上の熱があった。それに気づいた時、志貴は彼の初恋を、触れてはならないものとして記憶の奥にしまったのだ。 「妙な誤解をしてるみたいだから言うが、……あの界隈のガキの、初恋の相手はみんなお前だ」 「……え?」 「『先生とこの志貴ちゃん』は、近所の鼻垂れ小僧とは違って、身綺麗でやさしくて親切。王子様みたいに思ってた女の子も多かった。その上可愛かったから、かまいたくて仕方がないガキどもも」
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