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 不要なさざ波を立てないためにも、二人の関係は幼馴染という言葉で呼べるものであるべきだった。スペイン(ここ)での出来事は、戦時の非日常の一部として切り取り、沈黙の中に沈めなければならないのだ。──無理矢理教え込まれた、尻の中で得る背徳の快楽とともに。  散々一洋を利用しておきながら、それゆえに逃げられない立場を自覚していながら、それでも都合よく幼馴染に踏みとどまろうと、志貴は必死だった。その様子に、一洋は眼を眇める。 「お前が嫁さんをもらって、息子をもうけて、幸せに暮らしているとお袋から聞いていた。あの小さな志貴が立派になったものだとうれしかったし、心から幸せを願った。それは本当だ。──だが俺は、その様を見ていない。しかも亡くなってる(ひと)だ。健在なら、妬く対象にもお前を諦める理由にもなっただろうが、今お前の近くにいるのは彼女じゃない」  最後の一言に抑揚はなく、眼差しは冷ややかだ。その冷たさは、さきほど対峙していた男に向けられたものと同じだ。  一洋は、テオバルドがただの諜報員ではないと──志貴を求める男だと気づいている。そしてそれを、志貴が受容していることも──。  最も恐れていたことが、目の前に糾弾者の形となって現れる。一洋は、突き刺すように志貴を見つめている。追い詰められるのを感じても、逃げ場はどこにもない。  迷いなく右手が伸ばされ、撲たれるかと身を強張らせた志貴を慰撫するように、その指が耳の形をゆったりとなぞる。唐突な甘い戯れは、多分に性的なニュアンスを含んでいる。健全さを装って、志貴の弱いところを淫靡に責めているのだ。
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