(19)※

1/38
前へ
/442ページ
次へ

(19)※

 殆ど口をつけられることのないままテーブルの上のミルクは冷め、表面に浮いた膜が乾き始めている。どれほどの間そうしていたのか──ソファに座り込んだまま、時は過ぎていた。  同じ日に二人の男から口づけられ、二人に求められていると知った時、志貴を貫いたのは悦びではなく、恐れだった。  彼らと歪な絆を結ぶ根底には、和平を成すためという大義があった。  諜報と工作。二つの任務を円滑に行うために不可欠な、二人の男。  それ以上でも以下でもないはずの二人は、それぞれに任務の外でより深い関係となることを──志貴の愛を請い、その心を求めていた。一人はあからさまに、もう一人は長らく秘めたまま。  同時に二人と、適切とは言えない関係を結んでいたことを、不実と詰られ、軽蔑される方がまだマシだった。  テオバルドは以前から、一洋を恋敵扱いするような言動を取ることがあり、それは誤解だと──少なくとも彼の想いは志貴には向いていないという確信から、一洋との関係は嫉妬する必要もないのだと、そのたびに弁明した。本心からの言葉だった。  しかしこうして一洋が恋情を剥き出しにし、飼い犬へのご褒美としてしか許していなかった口づけを望むままにする男となり、拒める立場にない志貴の足元は大きく揺らいでいる。  誰も本当に欲しいものは手に入れられないからこそ成立していた、三人の関係は、二人の男がただ一人──拒む権利を持たない志貴を求めることで、砂上の楼閣より脆いものになってしまった。
/442ページ

最初のコメントを投稿しよう!

580人が本棚に入れています
本棚に追加