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「何があったんだ、こんな時間に」
「しばしの別れを言いに来た」
緊張した志貴の問い掛けに、テオバルドは反対に落ち着きを取り戻したようだ。ふっと肩の力を抜き、強張っていた頬をゆるめた。
「衛藤といい、今日はよく待ち伏せされる日だ。車を返しに行った帰り、口先だけは丁寧に、有無を言わさず招待してくる奴らがいたんだ。奴らの事務所で、実に紳士的に、アメリカでの活動から手を引いて協力者になれと誘われたよ」
「……連合国のスカウトか」
「あのアクセント、イギリスの情報部だろう」
テオバルドはいつもの余裕のある調子で答えるが、その内容は物騒極まりないものだった。
「警告はこれまでもあった。去年の七月に、アメリカで活動してたカルロスの連絡が途絶えたんだ。上げる情報が減ったから、あんたも気づいてたんじゃないか」
志貴は頷いた。
重点的に届けられていた新型兵器の情報が、少なくなったと感じる時期があった。確か、あれは──。
「向こうの諜報員の数は限られる。カルロスの捜索に手を割くことはできなかった。それがようやく、奴の消息がわかったんだ。連絡が途絶えた日の前日に、ラスベガスのホテルで射殺されていた。犯人も動機も不明、事件は早々にお蔵入りだそうだ」
「いつそれを知ったんだ」
「いつだろうと、それが大事なことか」
「……昨日なんだな」
答えないことで確信した。
昨日の時点で、テオバルドはこの事態を予測していた。遠からず、自身に危険が迫ることを。
だから、志貴をドライブに誘ったのだ。
愛した故郷を見せるために。流血の地に眠る父と母に、恋人を見せるために。
そして別れを告げるために。
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