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しかしそれを妨げるように、テオバルドが決めつける。
「俺たちのことを嗅ぎつけたのか。……あいつも犬だな、あんたの忠犬だ」
耳朶に硬く鋭い感触が食い込み、志貴は身を強張らせた。
痛みを感じる手前でそれは離れ、代わりにぬるりと舐められる。歯を立てられたのだと──甘噛みされたのだと気づき、恐れではないものが体の芯を貫く。
噛み癖の付いた駄犬の、独占欲を滲ませる仕草を窘める権利は、もう志貴にはない。彼は志貴たちの無策のせいでその職務を半ばで手放し、この国を離れようとしている。
スパイと連絡員。駄犬とその飼い主。
これまで二人を繋ぎ、また隔ててきた肩書きは消えてしまった。残るのは、今日受け入れてしまった新たな呼び名──恋人だけだ。
「衛藤を手放すな。あいつはあんたの盾になる男だ」
絞り出すような忠告に込められた激情を、志貴は自ら唇を重ねることで受けとめた。
初めて志貴から求めた口づけに、テオバルドはすぐさま応え、あっという間に深く激しいものに変わる。
つい数時間前、ひりつく空気の中鋭く視線を交わした相手に、恋人を託して去らねばならない男の無念と憤りが、執拗な舌の動きとなる。口内を乱暴にちゅくちゅくと掻き回されて、受けとめようとしても応えきれない。注がれる情が溢れるかのように、志貴の唇の端から唾液がこぼれる。
「ぁふっ……は、あ……」
ようやく唇が離れ、堪えきれない吐息が重なる中、透明な雫が糸を引いて二人を結んだ。
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