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 枢軸、つまり日本の同盟国であるドイツは、スペインの取引相手として各段に価値が高い。二年前のポーランド侵攻以降、破竹の勢いで欧州の勢力地図を書き換えているドイツは、スペインが抱える領土問題解決のためにも、今最も恩を売る価値がある相手だ。兵や物資の援助をするのは難しくても、諜報員を一人同盟国に紹介する程度なら、懐も痛まないということなのだろう。 「本当なら枢軸に加わって勝ち馬に乗り、領土のいいとこ取りを狙いたいところだが、内戦で国力を削られてそれも叶わない。自国の現実を正しく把握している点については、この国の指導者を評価できなくもないな」 「……公使」  周囲に人がおらず、また誰に聞かれても理解できないであろう日本語ではあったが、現政権に対する明らかな揶揄だ。配慮に欠ける上官の軽口を、志貴は声を潜めて窘めた。  白いものが目立ち始めた髪を綺麗に撫で付けた梶は、穏やかな紳士然とした見た目に反し、良くも悪くもアクの強い人物だ。そして行動力も抜きんでている。  洋の東西を問わず在外公館勤務を重ね、その間に経験した諜報活動の教訓から、情報の一元管理と総合判断の必要性を痛感した梶は、帰国後、同じ考えを抱いていた海軍高官と奔走し、内閣情報部を設立した。中立を表明しながらも親枢軸の立場を取るスペインに拠点を置き、敵国の情報を収集する――対外情報収集を目的とした内閣情報部の出先機関の構築のために、自ら公使としてスペインに乗り込んだのだ。
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