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「どんな思惑があれ、腕利きを紹介してもらえるなら御の字です。今後は日系人も、アメリカでの諜報活動は困難になるでしょうから。しかも事態は急を要します。短期間で諜報網の構築ができる人物など、探しても簡単には見つからないのではないですか」
「腕利きといってもピンキリだ。二重スパイであることを飼い主に悟らせないのが、一流スパイの証だそうだよ」
つまり、もうすぐ現れる人物が本物の腕利きならば、二重スパイである可能性も高いということか。在外公館勤務は初めてではないが、こうした諜報活動の現場に関わるのは初めての志貴は、緊張に顔を引き締める。
年若く生真面目な部下の様子に、梶は困ったように諭した。
「君の役割は、能面のような顔で相手を尋問することじゃない。私には通訳を、腕利きのスパイ氏には心を許すような微笑みを。君の能力と魅力で、彼を懐柔してくれればよろしい」
「セイレーンではあるまいし、そんな芸当はできませんよ」
達者なスペイン語は美しい歌声の代わりになるかもしれないが、男たちを誘惑する甘美な怪物の魅力など持ち合わせていない。苦笑する志貴に、わかってないな、と梶が肩を竦めたところで、店の扉が開いた。
軽快な足音が店の中ほどまで近づき、出迎える店員に足を止めて、一言二言言葉を交わすスーツの男が一人。
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