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梨と林檎
ひらがなを覚えたばかりで幽閉されている、ある国の御子の顔つきは険しい。そのまま、紅玉の眼差しでペンをとる。
書き直しはできない。紙も高級品でそもそも手に入りにくいものだ。間違ってはならない。ペンを強く握り込む。
分厚い窓の外は、徐々に暗くなりつつ、大きな雨粒が叩きつけられている。
じきに止むでしょうね、と、おつきの者は呟く。
だから、かく。
うねった短い栗色の髪が、うつむきかけた御子の両耳にふさりとかかる。
これから本国の年長の騎士に書簡をしたためる。なにかと御子を幼子扱いする輩だ。
これまでに受けた言葉や態度を思い返すと、かあっと胸も頬も熱くなる。とても冷静ではいられない。
なかでも、騎士の出身地特産の梨を林檎と謀って献上されたこと。御子は忘れていない。
あのあと、御子は
「林檎が食べたい」
とことあるごとに主張し、笑われた。
これまでの思いを、強い圧で、紙とペンに託す。
ゆるさない
うそつき
だいきらい
ちかづかないで
あたしはもう
すごくきらい
はいってこないで
はずかしい
れんらくしないで
ああもう
いじがわるい
たいがいにして
いくじなし
叩きつけるように1字1字記終えたところで、おつきの者が口の両端をわずかに上げながら問う。
「今年の林檎も召し上がることができるでしょうか?」
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