夕立

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

夕立

私は、部活で学校に行った。 部活を終え昇降口から外に出ると積乱雲が近づいてきてあっという間に空は暗くなった。バス停までの途中で大粒の雨が勢いよく地面をたたきつけ私は一気に走った。 隣には、バスを待っている人が一人いた。 すぐにバスが来たが、制服がビショビショだ。 何とも言えない悲しい気持ちのままバスに乗り込んだ。 タオルを探していると「あの、このタオル使いますか?」と声がした。 ありがとうございます。とお礼を言い顔を上げると先ほど隣でバスを待っていた青年だった。 この時懐かしい感じと不思議な感覚が体の中を走った。 そう、どこかで聞いたことのある声だ。 私は、思わず「どこかでお会いした事ありますか?」と尋ねると 青年は「俺。今川碧、結月ちゃん?」と頭をかしげながら私の名前を言った。 名前を聞いた瞬間に私は、タイムスリップしたかのように過去に戻った。 今から5年ほど前私がちょうど小学校5年生の時に同じクラスだった子だ。 当時は、目立たなかったし、私も積極的な方だったので会話もそんなになかった子だ。 「そうだよ。久しぶり何年ぶり?」とさわやかな笑顔で振り向いた。 だから 結月ちゃん? と言われた時は一瞬誰?と思ったほどだ。 そうだよ。 この爽やかさにも驚いている。 気が付くと降りるバス停の近くに来ていた。 思わずボタンを押そうとすると二人の手が触れた。 二人ともごめんと謝ってバスを降りた。 その時触れた碧君の手はどこかで痛めたのか手首に包帯をしていた。 懐かしい話をしながら碧君は私の家まで送ってくれた。 家に着く頃には、夕立は上がり虹が出ていた。 碧君の笑顔と虹がリンクしてまぶしかった。 5年前の碧君とは想像もつかないくらい。 「送ってくれてありがとう」と言って玄関のドアノブに手を伸ばした瞬間に 「明日会えない?」と碧君の声に驚きとともに振り返った。 急に言われて唖然としたものの明日は用事がない。 え~とぉ と思いぶりな態度をしながらも  「いいよ、会えるよ」と 言い約束をした。 次の日私は、久しぶりに朝食を取りゲームをした。 いつもは、部活で楽器を奏でているが趣味は、ゲームをすること。 熱中しすぎて昼食も忘れあっという間に夕食の時間になってることがよくある。食事もお腹がすいたらポテチとコーラを口にするくらい。 今日はどうした? 結月? こんな自分に驚いている。 碧君に会うというだけでこんなに楽しい気持ちになるなんて。 ワクワクしながらお出かけの準備をしていると家のチャイムが鳴り、母に同級生の子だと紹介すると出ると当時のことを懐かしそうに話し始め愛嬌のいい母の話は止まらない。 碧君は笑顔で対応してくれていたが話を切り上げたそうな顔は隠せない。 母は世間話や懐かしい話をするときは何時間でも話し続ける人だ。 私は、母に似ていない。 ここまではどこにも行けなくなる、と思い碧君を映画に誘った。 前から見たかったスパイ的な映画。 BGがお嬢様を守るというはなしだ。 大きなスクリーンの映像にお嬢様がどこかの国へ行ってしまうシーンがとても切なかった。鞄から急いでハンカチを探していた時 碧君が気がついてハンカチをさし出してくれた。 ありがとう と小声で言った。 そしてこの空間、昨日のバスの中のデジャブみたいで不思議な感じがした。 スタバに寄り今日も家まで送って行ってくれた。 繋いだ碧君の手は意外と小さくガッチリとして力強い感じの手だった。 来週、また逢う約束をして別れた。 映画館で借りたブルーのチェック柄のハンカチを握りしめて楽しかった気持ちを抑えて眠りについた。 次の日曜日、 私は朝から何を着ようか? どこへ行こうか ソワソワしていた。 だが約束の時間が過ぎても迎えに来なかった。 連絡しようとスマホを見ると碧君の番号が見当たらない。 間違って消してしまったのだろうか? 何か連絡できない急な都合が出来たのだろうか? 約束の時間から1時間が過ぎていた。 仕方なくうろ覚えの碧君の家まで行ってみることにした。 5年前の記憶が覚えているだろうか? 「今川」の表札を見つけ安堵したが、不安な気持ちは隠せない。 チャイムを鳴らすと優しそうなお母さまが出てきた。 「こんにちは。同級生の一ノ瀬結月です。碧君はおりますか?」と 丁寧に挨拶をすると、母親の顔が一気に暗くなり悲しそうな表情を浮かべ 「来てくれてありがとう、碧は、去年の今頃バイクの事故で亡くなったのですよ」 と寂しそうに話してくれた。 それから私はどのようにして帰ってきたのか記憶にない。 先週、碧君が家に来てくれたこと、母親と楽しそうに話した事を聞くと 母はそんな子来てないじゃない。と変な顔をして私を見た。 返そうと思ったハンカチを握りながら涙が止まらなかった。 あれから夕立が降ると碧君を連れてきてくれるのではないかと私はいつも 空を見上げるようになっていた。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!