ネバーランドフィッシュ

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最初に言っておくと、俺が透を校舎のはずれに呼び出して「好きなんだ」と告白する、という王道ストーリーでは全然、ない。 当たり前だ。たとえ俺が告白するとしても、そんな方法は選ばない。まずは一緒にいるという事実を積み重ね、いるのが当たり前の存在になってからの話だ。透のように警戒心が強いタイプなら余計に。だからそれがそうならなかったのは全くの想定外だった。 それはセンター試験(今で言う共通テスト)を控えた高3の1月。透は宣言通り専門学校への進学を決めたが、なんの障害もなくすんなりそうなったわけではなかった。 実に想像通りの展開だが透の専門学校進学には親御さんも学校側も大反対で、透の意志を他所に親父さんが勝手にセンターの申し込みを済ませていたようだが、年を明けても透は大学へは進学しないと頑なで、業を煮やした親父さんから「大学へ行かないなら家を出ていけ」と通告されてしまった。 「大学に行けばいいのに。2年しか違わないじゃん」 「しか、じゃない。俺は1日でも早くあの家を出て独立したいんだ。それにもう1回たりともあいつを喜ばせる行動はとりたくない。前に言っただろ」 「じゃあ住むところはどうすんの?一人暮らし?」 「それも出来なくはないけど、金がもったいないから。叔父が卒業まで住まわせてくれるというのに甘えさせてもらうことにした」 そう告げた透の表情に、ほんの微かな……おそらくは俺くらいしか気づくヤツはいないだろうレベルの色を見つける。 透は叔父コンだ。気づいているのかいないのか、自慢の叔父、満さんの話をする時だけは淡々とした口調に熱がこもる。俺は少なからずモヤモヤとしたものを胸に抱く。そう、嫉妬だ。これは紛れもなく。 初めて笑みを見せられた透の誕生日(BLUE DAYS参照)から1年も過ぎると、自分が抱いている感情が ”恋” に限りなく近いという自覚をいよいよ強めた。透から目が離せないのも、ふと見せる表情にいちいちドキドキするのも……かといって透とどうこうなりたいとは思わないが、それでも ”友達” と呼ぶにはあまりにも胸がうるさすぎる。意味もなく切なくなったりするし。 俺の恋愛対象は女性だったはずだが、過去の彼女にこんな感情は抱いたことがない。彼女らへの感情が恋だったというなら、透に向けるこの気持ちはなんなんだ。 何度問うても答えは出ない。考えても分からないから保留にするが、曖昧なまま決着させたくない理系の性分が、自分の中のラベルの貼れない気体のような物質を、どうにか分類したくて忘れてしまうことも出来なかった。 この物質は、こうして嫉妬を感じた時には胸苦しいほどに膨らむ。そして俺にもそれくらいの感情を抱いてくれないか、こだわりを見せてくれないかと願わせる。 「透はほんと、叔父さん大好きだよな」 淡々と事実を述べたつもりが、嫉妬の味付けで意地悪く聞こえてしまったのかもしれない。透は少しムッとしてツイ、と向こうを向いてしまった。 透が冷たいのはいつものことなのに。 この日の俺はそれを流すことが出来なくて、星の巡りか腹の虫の居所か……膨らんできた物質が言葉を押し出すまま、「俺のこともそのくらい好きだったらいいのに。片思い、ツラ」と言ってしまっていた。 言葉にした瞬間から盛大に後悔した。今のナシ!って叫びたかった。台無し、台無しだ。これまで透の親友を自負していたのに、自分からそれをブチ壊すなんて── なーんてね!とごまかせ、ともう一人の俺が命じていたけど、透のような人間にはコンマゼロぜロ秒の間がすべてを伝えてしまう。手遅れだった。絶望的に。 怖すぎて透の方を見られずに、廊下の壁に背中を預けたままずるずると座り込み、休憩時間の静かなざわめきに気をやりながら透の言葉を待った。 嫌悪の言葉が来るか、侮蔑のため息をつかれるか──
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