different future

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透が呆れた顔で降りて来て「大丈夫?」と手を差し出してくれる。僕はその手に掴まりながら、「ううん……潰れちゃった……」と我ながら情けない声で訴えて透を見上げた。 「いや、俺が訊いたのはあんたの脛の方。っていうかなんでもう一個持ってるわけ」 「これは僕が買ってきてたやつ。せっかくだから、かんぱーいってやろうと思ったのに」 「シュークリームで乾杯とか聞いたことない」 階段の一番上まで上って、改めてそれだけが入った小さなコンビニの袋の中を見る。ああ……ごめんね。さっきまで綺麗だったのに。あんなに膨らんでたのに。 流石に涙は出ないけど、脛はズキズキ痛いしシュークリームはクリームがはみ出てエグい姿になってるし、ほんとにしょんぼりだよ。 それなのに、透ってば「不憫」って吹き出すし。文句を言おうと顔を上げたら、廊下のオレンジ色の電気の下でニヤニヤ笑ってる透がめちゃくちゃカッコ良くて、1年経った今でもこんなに新鮮に惚れ直せる僕って幸せ者だなぁって気持ちが切り替わった。 「透、ありがと。1年おめでと」 「お。立ち直った」 一日外で頑張ってきたスーツの胸に手を置いて伸び上がると、透の力強い腕が僕の腰を掬って、ちょっと濃いめのキスをして……そう。こんな風に、透は素直じゃないけど、僕たちはなかなかのらぶらぶカポー。 でも実は……なんの心配も引っかかりもないって訳じゃあなかった。少なくとも僕は。 あれは、4月。春のざわめく気に当てられたみたいに予定より2週間も早くヒートが来た時のことだった。 年の明けた頃からヒートの時に透の精を僕の中に受けたいっていう欲望がだんだん強くなってきてて、それはオメガの本能としては全然おかしいことじゃなかったんだけど、透がヒートの時にはしたくない人だって分かってたからなかなかそれを言い出せずにいた。 1月終わりにヒートが来た時も3月に来た時も、言おう、と思いながら言えずに薬を飲んで……それで4月中頃に来そうだってなった時、いつもより透が欲しいっていうその衝動が強かったから、それでようやく口に出せたんだ。 「ヒート、来そうだから……あの、来た時にもし透が忙しくなかったら……えっと……」 ストレートに言う勇気がなくて、そんな言い方になった。すると透は難しい顔をしてしばらく黙り込んで、 「確かに前、シラフで出来るようになったらヒートの時にしてもいいって言ったけど、ちょっと……もう少し待って。悪いけど」 そう、返して来た。僕は恥ずかしさのあまり両手を振って「ううん、いいの。ごめんね」としか言葉が出ず、早々に自分の部屋へ引っ込んだ。 透はやっぱりヒートに対して嫌悪感があるんだ……それは、透の潔癖な性格を考えたら仕方がないことだ、と理解は出来た。 きっと透にとってはヒートは過剰に動物的でみっともないんだろう。シラフの他人が見たら眉を顰める醜態だと思うし、それを僕は2度も透に見せてしまった。 もしかしたらそれが直の原因になってるかもしれないって思い当たって……だとしたら、自業自得だなぁって。そう思ったら、それ以降そのことを一切口に出せなくなってしまった。 だから5月末に来たヒートは薬を飲んで完全に抑え込んだ。もちろん『ダブダブ』の主力商品である『フェロモンオフシリーズ』のシャンプーやリンス、ボディソープもばっちり使って、オメガ臭を出来るだけ消した。 ヒートを知られたくなくなってた。 透の負担になるのが嫌だった。
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