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「透……あの絵、どうしたの……?」
答えてくれなくてもいいという気持ちも半分はあったけど、透は「もらった、というか、押し付けられた」とあっさり答えてくれた。
「才能ってもんを見た。あれは俺には生み出せないものっていう結論に至った。以上」
僕は驚いて後ろに顔を捩じった。透から出た言葉はストレートで嘘は感じられなかったけど、透が言ったとは信じられなかった。
まるで諦めたみたいな言い方。もちろん透にだって出来ないことはあるだろうけど、透の声の端っこに、いつもにはない沈んだ感情が滲んでる。
「ダブダブに新しく入ってきた土岐って奴が描いた絵だ。この間見に行ったのもそいつの絵。強烈だったよ。俺が探してた個性が、そこにあった」
透の声は落ち着いていたけど、僕は胸苦しくなった。何かが違う、と感じた。頭のいい透が出した答えなんだから合ってるのかもしれないけど、でも僕の胸がどうしても納得しない。
僕は思わず律のとんとんをやめて体を起こした。
「僕はあの絵、好きじゃない」
脳裏に残る、不穏な情熱に満ちた絵。確かにパワーはあるけど、あの絵を飾りたいとは全然思わない。
「あれが透の理想なの?あれを探してたの?誰もかれも傷つけてしまいそうな、誰も理解してくれなくていいって叫んでるみたいな絵だよ。
透の絵は優しい。あったかい。透自身は見るからに優しいって感じじゃないのに、世界に向ける目が優しいんだ。だから僕は、透の絵の方がずっと好き」
口をついてすらすら出てきた思いは、言葉にできたことが不思議なくらい僕の中にあいまいに眠っていたもの。でも口に出してみれば本当にその通りだと思える、本音のど真ん中だった。
透はぐっと黙り込んだ。ただ言葉を発しないというだけじゃなく、僕の言ったことを受け止めて、奥の方で何か考えてる。
とんとんをやめても律は起きなかった。ちょうど、眠ってくれたみたいだった。
「う~ん……マジか」
透は呟いて、ベッドを降りた。
「どうしたの?」
「いや……なんか俺がここんとこずっと考えて考えて出した結論より、あんたが言ったことの方がすっと馴染むから。なんかね」
透は僕の頬に触れ、もう寝なよ、と身をかがめて僕にキスをして、部屋を出て行った。
なんの根拠もないけど、透の出した結論と、僕の意見とを混ぜ合わせた別の答えが透の中に生まれた気がして、胸苦しさはすっと消えた。
透とこんな風に対等に話が出来たのは、もしかしたら初めてかもしれない。透はいつだって何だって答えを知っていて、僕がそれを教えてもらうのが当たり前だったから……
それは思わず頬が緩んでしまうくらい嬉しいことだった。
出産と育児に必死になりすぎて透の世界から出て行ってしまっていた僕は、戻ってみれば前よりももっと透の近くにいる。そんな気がした。
END
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