ネバーランドフィッシュ

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ところが、だ。いつまでたってもなんの反応もなく、やがて予鈴が鳴ってチラホラと廊下に出ていた生徒が教室に入り始め、透も持たれかかっていた壁から背中を離して歩き出そうとした。 「いやいや。ちょっと待ってよ」 反射的に透の前腕を掴んでいた。透は怪訝な顔でこちらを振り向いた。 聞き流されて終わりなら、それはそれで平和じゃないか。そういう考えもなくはなかったが、なにしろ正体不明の物質は、そういう曖昧さを一切許さないのだ。 「なんかないの?うんとかすんとか」 「どういう意味?」 「ぽろっと出ちゃったけどさ。一世一代の告白だったのに」 「は?どこが?独り言だろ」 「そうだけど!分かるでしょうが!こっちは言っちまった~!ってバクバクしてんのに、無いことにするってひどすぎない?」 むちゃくちゃだ。スルーしてくれたんならその方がありがたかったはずじゃないか。それなのに胸を苦しくさせるこの気体が、俺のすべてに干渉してくるんだ。 透は不愉快そうに眉間にしわを寄せ、「何を言えばいいんだよ」と掴んでいた俺の手を振り払い、胸の前で腕を組んで俺を斜めに睨んだ。 そう言われて考え込む。どう言われたかったのか、と。 うっとうしいとか、目障りだとか、そういう目で見るなとか──透が今までの告白にかましてきたセリフを聞きたいわけじゃない。 でもなんにも反応を返してもらえないんじゃ、俺の気持ちは認識してももらえなかったってことになるじゃないか。 「分かんないけど、聞き流されたくはない。でも友達の縁を切られるのはもっと嫌だから、返事をすることがイコール友達じゃなくなることなら、聞き流してくれていい」 我ながら勝手なことを言ってる自覚はあった。別に受験のラストスパートで情緒不安定になっていたわけでもなく、ただ……俺なりに行き場のない想いを燻らせ過ぎてたのかもしれない。 あとで考えれば、透が何を言えばいいんだと言い返してきたことは、それだけで俺の存在の特別性を証明していた。あいつはそういう判断にかけてはいつだって秒だったし、迷いはかけらもなかったから。 「別に聞き流してない。お前の気持ちはお前のものだし、返事のしようもない」 透はすっと目を逸らしてブツブツ言った。そうだ。かなりの譲歩だ。切り捨てることなく、こうして言葉を返してくれる。そう思ったら少し気持ちが浮上して、ふっと笑みがこぼれた。 「それでどうなの?俺のこと……叔父さんの十分の一くらいは好き?」 「何をもってその量を測るんだ。叔父は叔父、お前はお前。もういいだろ。ホームルームが始まる」 透はそう言って踵を返し、教室に入っていった。 結局俺の気持ちを拒絶もせず、かといって受け入れるわけでもなく、だけど不思議にこの日以降、俺は自然に透を好きだと表現できるようになり、この気持ちに ”恋” のラベルを貼ることが出来た。
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