ネバーランドフィッシュ

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留丸さんはくすくす笑って「透って感じする」とほっぺたを赤くした。 「その後、僕にも恋人は出来ましたし透に恋人がいたこともありましたが、面白いことに、決着をつけなかったこの恋だけが自然な形で僕の中に生き続けているんですよ。きっと今後も変わらないと思います。不思議ですが……こういう恋の形もあるんでしょうね」 こうして透のパートナーとなった人にどうどうと言えること自体、この恋が永遠の命を得たという確証だ。 それは恋が報われるのとは別の幸福をもたらす。始まりがなければ終わりもなく、その変化はあまりにも穏やかでいつだって俺を温めてくれるし、そう、釣り上げられた魚はもう成就の島を見つけに行くことは出来ないけど、限りなく快適な水槽(ネバーランド)もなかなか住み心地がいいって話。 「そろそろ帰りますね。産後の体に障ると良くないですし、きっと透がそわそわしてるでしょうから」 俺はベッドを出て見送ろうとする留丸さんにそのままで、とゼスチャーで伝え、静かに病室を後にした。 止んでいた雨がまた降りだしそうなぐずついた梅雨空を廊下の窓から見上げると、その色合いがあの頃の記憶を連れてくる。 未完成な熱とまっすぐさの果てしない交錯。今に繋がる琥珀色は、相も変わらず澄んで俺を魅了する。 病室の前の廊下の奥、自販機の前のベンチに透が座っていて、気配で俺に気づいてスマホから顔を上げた。 「またね」 俺が手を上げると、透は素っ気なく手を上げて立ち上がり、スマホをポケットに仕舞ってこちらに歩いてきた。 何も言ってないけど、待てと伝わる空気感。俺に追いついた透は少し考えるように俺を見つめ、それを飲み込んで「今日はサンキューな」と窓の外に目をやった。 「そんなに心配しなくても。留丸さんはお前しか見てないよ」 「分かってる。誰もそんなこと心配してない」 そうは言っても、態度はまるで図星を差された人のそれだよね。指摘はせずにおきながら、あの頃と変わらない怜悧な横顔を密かに愛でる。 「今度また飲みに行こうよ」 「ヒマがあったらな」 「じゃあ一生行けないじゃん」 透が小さく笑い、じゃあな、と部屋の中に入っていった。 胸の水槽の魚が、パシャン、と跳ねた。 変わらずここにいるよと、その温かな熱を俺に伝えて。 END
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