天使に出逢う道

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うちのお風呂は大きめではあるけど、大人二人と子供で余裕ってわけにはいかない。しかも三人一緒縛りを発動した律がどちらかが先に入るということも許してくれないから、洗い場で三人同時に洗うというさらに狭っくるしい展開に。 「はい、りっちゃん。じゃーするよ」 泡だらけにした律にシャワーをかけると、三人で洗い場にいるといういつもにはない状況に律がはしゃいでぱちゃぱちゃ跳ねた。 「律。滑るぞ」 透が律を抱き上げ、あんたも洗えよ、とボディタオルを渡してくる。僕はそれを受け取りながら、そっと目を逸らした。見慣れてるけどさ。でも裸で一緒にいるとちょっとドキドキする。いつ見たって何年経ったってかっこいいし…… 律を抱っこしてもらっている間に、体を洗い終えるとバスタブに透と向かい合って座り、僕の膝の上に律を支えて座らせた。するとすぐに律が、お風呂用の50音表を濡れた壁に貼り付けて、透に自慢するように小さな指でさし始めた。 「あ。ありしゃん。い。わんこ。う。もーもーしゃん」 ゆっくり、ひとつひとつ読んでいく。普通は4,5歳で興味を持ち始めるというひらがなに律はもう興味深々で、ついこの間買ってきたばかりのこの50音表もすぐに覚えてしまった。 「律。これはアリ。これは犬。こっちは牛」 「あり。いぬ。うし」 「留丸、こいつすぐ覚えるから、幼児語じゃなくて普通の読み方を教えてやったら」 「え、そう?早いかなと思ったんだけど」 律の赤ちゃん言葉が可愛くてついそのままにしてたけど、たった今教えたばかりのアリも犬も牛ももう覚えたみたいで「あ。あり。い。いぬ。う。うし」と嬉しそうに繰り返してる。続くえんぴつを、えんぴちゅって言ってるのがやっぱり可愛い。 「りっちゃんすごいなぁ……絶対透似だ」 「矢掛先生も発達はかなり早いって言ってたし、1歳だからコレって決めつけずに吸収に合わせたらいいかもな」 「とぉる、こぇは?」 「カバ」 「か。かば。こぇは?」 「キリン」 「き。きぃん。こぇは?」 いきいきと目を輝かせて律は次々に「こぇは?」とねだり、結局50音全部を透に聞いて、そのほとんどを一発で覚えた。子供はもの覚えがいいって言うけど僕自身は何かを覚えるのは苦労した記憶ばかりで、律はまだ赤ちゃんだけど感心しかない。 「律が真っ赤だ。上がろう」 「とぉるぅ!こぇはー!」 「また今度」 「こんどいやんのーー!」 透が有無を言わせず律を抱いて立ち上がり、僕も一緒に立ち上がろうとしたらクラッと来た。すかさず透の手が伸びてきて僕の二の腕をぐっと掴む。大きな手の力強さにどきんとときめく。 「ごめん」 「大丈夫?」 「うん、一瞬暗くなっただけ」 見上げれば透の濡れた髪の毛の束に触ろうと、律が手を伸ばしてる。僕がちゃんと立ったのを見届けて手を離した透が、律に頭を近づけて髪を握らせてやってる。 なんでもないそのふたりの様子を見て、僕はもうひとり子供がいてもいいかもしれないって思ったんだ。いや……透が複数の子供の相手をしてるところを見てみたいって思ったっていう方が正しいかも。 動機としてはどうなんだろうと思う。それに律のお世話もやっとで慣れた不器用な僕が、律の面倒をみながら赤ちゃんのお世話をできるか不安だし。
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