天使に出逢う道

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そんなことを結構真剣に考えながら律を寝かしつけたら、珍しく僕が寝落ちる前に律が眠った。 リビングに降りていくと透がソファにゆったりと座り、膝の上に広げた雑誌を読んでいた。 「珍しい。どうかした?」 透の言う珍しい、は大抵寝かしつけで一緒に寝ちゃう僕に向けて。僕は「考え事してたら眠くならなくて」と笑いながらキッチンに行き、コップに水をついで飲んだ。 日中は夏の到来を予感させる暑さだったけど、夜はまだまだ涼しくて冷暖房がいらない快適な気温。透も薄手の長袖にスエットというラフなスタイルで、眼鏡をかけてない横顔がくつろいでる。 まだ少しだけ水の残ったグラスを手にしたまま傍まで行くと、透がふと目を上げて僕が隣に座るのを促した。ふと訪れた二人きりの時間を意識して、未だにマニュアル車のへたくそなギアチェンジみたいに自分の中にぎこちない抵抗感が生まれる。 でも今では透がちゃんと僕が切り替わるまで待ってくれるし、僕も透がそれを知ってくれているってことを分かってるから焦らない。何も言わずにただ隣に腰を下ろして、そっと透に体を預けた。 「律は……ちょっと変わってるな」 透の腕にくっつけた耳に中から響く、透のつぶやき。僕は心地よい低音を楽しんで「変わってる?」と問い返した。 「発達のスピードが明らかに普通じゃない」 「うん。アルファなのかな、って思ってた」 「いや……自分や雛子の小さい頃の記憶を辿っても、ちょっとそれとも違う気がする」 「そうなんだ。でも僕みたいに勉強で苦労しなさそうで嬉しいな」 頭がいいって、それだけでどれだけ得か分からないって思ってそう言ったら、透が「そうとも限らない」といつもの思慮深さを感じさせる声で返してきた。きっと今日初めて考えたわけじゃない、何手も先まで読んだ熟考の匂い。 「平均的じゃないということは、すべてにおいて用意された枠からはみ出すってことだ。そのはみ出た分は本人と俺たちとでなんとかしなきゃいけないけど、俺たちに出来ることって限界があるからな」 僕はそう言われてもピンとこなかった。それくらい頭がいいってことに憧れがあったからかもしれないけど、デメリットなんてあるのかなって。 透は雑誌を閉じて横におき、背もたれへ頬杖をつくようにして僕の方へ体を向けた。間近でみる瞳がグラスを透かすウイスキーの色で綺麗だから、いつだって僕はこうして見入ってしまう。 そんな僕の様子を見て透はふっと微笑み、「ま、なんとかなるか。なんとかするしかないし」と独り言のように言った。 「そろそろ手を出してもいいですか。奥さん」 今まで律に向けられていたはずの意識が、低く艶のある声と一緒に僕に向けられる。ギアチェンジは完了していて、タイミングはばっちり。 無言で少し顎を上げると、透がそっと唇を触れ合わせて、心臓がずきんとした。 「心臓がいたい……」 「いつまでも慣れないね。あんた」 「だって……」 「そこがいいんだけど」 透が意地悪に呟いて僕をソファにゆっくり押し倒し、口づけを深くする。 普段は意識の大半を占めてる律が僕から離れていって、僕は透だけの僕になる。そうしたらやっと気持ちがエッチになってきて、それが吐息の色で透を誘っていた。 「とおる……」 僕を熱くしておいて、透が体を離す。透の部屋に向かいながら、これから彼に抱かれるという事実の中にチラと二人目のことが頭をよぎった。 三人家族の時間を積み重ねてきて、この空間に三人の気が満ちてくるくる回り、まんなかにもうひとりを迎える準備をしている。 それは今なのかもしれない。僕の奥へ、透を導いて。
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