第一章 薄紅色の桜と群青の雨

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 びしょびしょになりながら家に向かい、ひなとも別れる場所に来た。 「また明日ね!茜!」 「うん明日ね!」  ひなと別れ、私は家へと帰るとすぐにシャワーを浴び部屋へ戻った。次第に雨も弱まり夜には止んでいた。部屋でくつろいでいると母が私を呼んだ。 「茜?買い物行ってきてくれない?」 「えー?さっき行ったじゃないの?」 「行ったけど、お野菜を買い忘れちゃったのよー!ご飯作ってるから、その間に行ってきてー」   またそれか…母はよく買い忘れをする。その都度、私が買いに行くことなる。いつもの事だからそんなに気にはしないけど正直、面倒だ。 「分かったよ行ってくる」  私は家を出て近くのスーパーに向かった。スーパーに着くと近所のおばちゃんに会った。おばちゃんとはスーパーでよく会う。 「あらー茜ちゃん、こんばんわ。またお母さん何か買い忘れたのー?」 「はい…そうなんです」 「茜ちゃんもいい子よねー、文句ひとつ言わないから」 「いえいえ私はもう慣れましたので…」  おばちゃんは、にこにこしながら私にそう言ってスーパーを後にした。おばちゃんは私によく話しかけてくれていい人だ。ひなと同じでいつもオレンジ色で明るく近所の皆に好かれている。 「じゃあ茜ちゃんまたねー」  そう言いおばちゃんは帰っていった。私は母に頼まれた野菜を買いスーパーを出た。私は少し遠回りして帰ろうとした。なぜ遠回りしようとしたかは分からないが私はふとそう思ったのだ。とぼとぼ川沿いを歩いているとベンチに座り込んでいる男の子がいた。私はすぐに気付いた。学校で先生に叱られていた灰色の男の子だった。そのまま無視していことした。しかし、神様が私を嘲笑うかのようにスーパーで買った林檎が落ちた。その林檎は、わざとなのか丁度、彼の足元へと転がっていくのを私は見ることしか出来なかった。 「……」  彼は転がる林檎を見るわけでもなく、ただ地面を見つめていた。なんだか目を開けながら寝ているみたいに私にはそう見えた。それくらい微動だにせず生きているかさえ分からなかった。落ちた林檎を取ってくれないので私は彼に林檎を拾おうと彼に近ずいた。彼の前まで近ずき私は気付いた。彼は全身びしょ濡れだったのだ。きっと今日の雨のせいだろう。しかし、雨が降っていたのは数時間も前だ。さすがに六月とはいえ夜は少し冷えるから風邪をひいてしまう。 「あの…風邪引きますよ?」 「……」  彼は何も言わずにひたすら地面を見ている。私は結構、勇気を出して話しかけたのに何も言われないと少し虚しい。何かを考えているのか、それとも本当に死んでいるのか。 「生きてますか…?」  こんなことを人に言ったのは初めてだ。でも本当に死んでいたら私は今後そのことを引きずってしまうだろう。でも、彼はそう思う程に動かなかった。 「死んでるように見える?」  彼はそう私に聞き返してきた。自分で聞いたのに、私は少し驚いてしまった。そんな私を見つめる彼の色は決して変わることも無く彼がどう思っているのかも分からなかった。 「いや!大丈夫かなーって思って話しかけただけ。大丈夫だったら別にいいけど…」  彼の冷たい態度に少しイラッとしたがそんなことを聞いた私も私で悪い。彼は私の方を向いた。すると、表情がすぐさま変わるのが私には分かった。彼は何かに驚いている様子だったのだ。私はなぜそんな表情をするのかは分からなかった。知り合いかと思ったが彼の顔に覚えはない。 「どうかしましたか?」  私は彼に問いかけると彼はすぐさま下を向いた。少し目をつぶって私の問いかけに答えた。 「いや、なんでもない」  彼はそう言うと立ち上がり、その場から去ろうとした彼の姿はどこか悲しげで、身長は高いものの小さく見えた。 「そのまま帰ったら風邪引いちゃうよ!」  このまま帰られて"風邪を引きました”ってなったら罪悪感に駆られるかもしれないという思いで私はそんなことを彼に言った。すると、彼は私の目を見て言った。 「僕が風邪を引いたら悲しんでくれる?」 「え…?」  彼は突然そんなことを聞いてきて私は動揺した。さっき会ったばかりの人が風邪を引いたとしても私は悲しまないだろう。ただ少し罪悪感があるだけだ。彼はなぜそんなことを聞いてきたかが私には疑問でしかない。 「悲しみはしないかな…」  正直に言った。というか答えはこれしかないだろう。 「そっか…」 彼はそう呟きベンチから立ち上がった。 「僕はもう帰るよ」  そう言い帰ろうとする彼の背中は何処か寂しく虚ろげな背中だった。 「これ使って!」  私はポケットに入っていたハンカチをわたした。ハンカチで何とかなるようなものではなかったが、とりあえず私は彼に渡した。彼はそれを受け取り何も言わずにその場を去っていた。彼の後ろ姿は少し悲しげで、どこか私と似ているように思えた。そして彼の灰色に私は呑み込まれそうだった。
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